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生存権をめぐる議論とは わかりやすい政治・経済75 |
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著作名:
レキシントン
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日本国憲法第25条は、すべての人々が「健康で文化的な最低限度の生活」を営む権利、いわゆる生存権を保障しています。しかし、具体的にどのような状態が「最低限度」といえるのかについては、過去の裁判を通じて議論が積み重ねられてきました。
ここでは、日本の社会保障のあり方に大きな影響を与えた主要な4つの裁判例をもとに、生存権をめぐる法的解釈の変遷を解説します。
この裁判は、国立療養所に入所していた朝日茂さんが、当時の生活保護基準の低さを訴えたものです。当時の日用品費は月額わずか600円でした。この600円という金額がどれほど厳しいものだったかは、当時の物価と比較すると明らかです。教員の初任給が約9,000円だった時代に、1ヶ月の生活用品(下着、針、糸、石鹸、理髪料など)をすべて600円で賄う必要がありました。
裁判の経過において、第一審は「600円では憲法が定める基準を満たさない」として憲法違反を認めましたが、第二審では一転して「低いが違法ではない」との判断が下されました。その後、最高裁判所に上告されている間に朝日さんが亡くなったため、最高裁は「生活保護を受ける権利は本人限りのものであり、相続できない」として訴訟の終了を宣言しました。
しかし、最高裁は訴訟を終了させるだけでなく、判決の理由の中で憲法25条の性質に触れました。ここで示されたのが「プログラム規定説」に沿った考え方です。これは、憲法25条は国に対して政治的な目標を示したものであり、具体的な内容は厚生大臣(当時)の広い裁量に委ねられる、という解釈です。この考え方は、その後の社会保障行政に極めて強い影響を与えることになりました。なお、裁判の途中で保護基準が大幅に引き上げられたため、実質的には原告側の訴えが行政を動かした側面もあります。
1982年に最高裁で判決が出された堀木訴訟は、障害福祉年金と児童扶養手当を同時に受け取ることができない「併給禁止」の規定が争点となりました。視覚障害を持ちながら一人で子供を育てていた堀木さんは、二つの手当を受け取れないことは憲法が定める生存権や法の下の平等に反すると主張しました。
最高裁の判断は、朝日訴訟の流れを汲むものでした。社会福祉の具体的な制度設計は、国の限られた予算の中でどのように分配するかという「立法府(国会)の広い裁量」に任されており、著しく合理性を欠き裁量権を逸脱・濫用していると認められる場合を除いて、裁判所がその当否を判断する対象にはならないという結論(合健全決)です。この判決は国の裁量を広く認めたものの、後に法律が改正され、障害年金と児童扶養手当の支給調整が見直されるきっかけの一つにもなりました。
2004年の最高裁判決では、生活保護世帯の貯蓄のあり方が問われました。ある家庭が娘の高校進学のために、月々3,000円を学資保険として積み立てていました。満期で受け取った45万円について、福祉事務所はこれを「資力」と見なし、受給済みの生活保護費の返還を求める決定(処分)を下しました。
これに対し最高裁は、生活費を切り詰めて将来の教育(高校進学)のために充てたお金について、その全額の返還を命じることは生活保護法の目的(自立の助長)に反し「違法である」と判断しました。それまで高校の学費は生活保護の対象外とされるなど、困窮世帯の進学は非常に困難な状況にありましたが、この判決は生活保護を受けながらも教育を通じて自立を目指す道を大きく開くことになりました。
2007年の最高裁判決では、1989年の制度改正以前に、20歳以上の学生が国民年金に任意加入していなかったケースが争われました。当時、学生は加入が強制されておらず、未加入の状態で障害を負った場合、障害基礎年金が支給されませんでした。
学生たちは、国が適切な措置を講じなかった(立法の不作為)として国家賠償を訴えましたが、最高裁は国の不作為を違法とはいえないとして、訴えを退ける判断を下しました。この事案は、社会制度の移行期において、救済から漏れてしまう人々をどのように守るかという、セーフティネットの構築における重い課題を浮き彫りにしました。しかし、判決に先立つ2004年には国会で「特別障害給付金支給法」が制定されるなど、実質的な救済へとつながる転換点ともなりました。
これらの裁判例からわかるのは、憲法25条が単なる理想ではなく、具体的な制度や金額を通じて私たちの生活に直結しているということです。初期の裁判では国の裁量が強く認められる傾向にありましたが、時代とともに個別の事情や教育の必要性を考慮するような柔軟な判断や、法改正による救済も見られるようになっています。
私たちは、これらの歴史的な経緯を踏まえ、「すべての人にとっての健康で文化的な生活」とは何かを、絶えず問い直し続ける必要があるといえるでしょう。
ここでは、日本の社会保障のあり方に大きな影響を与えた主要な4つの裁判例をもとに、生存権をめぐる法的解釈の変遷を解説します。
1. 朝日訴訟:生存権の解釈と「プログラム規定説」
この裁判は、国立療養所に入所していた朝日茂さんが、当時の生活保護基準の低さを訴えたものです。当時の日用品費は月額わずか600円でした。この600円という金額がどれほど厳しいものだったかは、当時の物価と比較すると明らかです。教員の初任給が約9,000円だった時代に、1ヶ月の生活用品(下着、針、糸、石鹸、理髪料など)をすべて600円で賄う必要がありました。
裁判の経過において、第一審は「600円では憲法が定める基準を満たさない」として憲法違反を認めましたが、第二審では一転して「低いが違法ではない」との判断が下されました。その後、最高裁判所に上告されている間に朝日さんが亡くなったため、最高裁は「生活保護を受ける権利は本人限りのものであり、相続できない」として訴訟の終了を宣言しました。
しかし、最高裁は訴訟を終了させるだけでなく、判決の理由の中で憲法25条の性質に触れました。ここで示されたのが「プログラム規定説」に沿った考え方です。これは、憲法25条は国に対して政治的な目標を示したものであり、具体的な内容は厚生大臣(当時)の広い裁量に委ねられる、という解釈です。この考え方は、その後の社会保障行政に極めて強い影響を与えることになりました。なお、裁判の途中で保護基準が大幅に引き上げられたため、実質的には原告側の訴えが行政を動かした側面もあります。
2. 堀木訴訟:併給禁止と国の裁量権
1982年に最高裁で判決が出された堀木訴訟は、障害福祉年金と児童扶養手当を同時に受け取ることができない「併給禁止」の規定が争点となりました。視覚障害を持ちながら一人で子供を育てていた堀木さんは、二つの手当を受け取れないことは憲法が定める生存権や法の下の平等に反すると主張しました。
最高裁の判断は、朝日訴訟の流れを汲むものでした。社会福祉の具体的な制度設計は、国の限られた予算の中でどのように分配するかという「立法府(国会)の広い裁量」に任されており、著しく合理性を欠き裁量権を逸脱・濫用していると認められる場合を除いて、裁判所がその当否を判断する対象にはならないという結論(合健全決)です。この判決は国の裁量を広く認めたものの、後に法律が改正され、障害年金と児童扶養手当の支給調整が見直されるきっかけの一つにもなりました。
3. 学資保険訴訟:教育への道と資産認定
2004年の最高裁判決では、生活保護世帯の貯蓄のあり方が問われました。ある家庭が娘の高校進学のために、月々3,000円を学資保険として積み立てていました。満期で受け取った45万円について、福祉事務所はこれを「資力」と見なし、受給済みの生活保護費の返還を求める決定(処分)を下しました。
これに対し最高裁は、生活費を切り詰めて将来の教育(高校進学)のために充てたお金について、その全額の返還を命じることは生活保護法の目的(自立の助長)に反し「違法である」と判断しました。それまで高校の学費は生活保護の対象外とされるなど、困窮世帯の進学は非常に困難な状況にありましたが、この判決は生活保護を受けながらも教育を通じて自立を目指す道を大きく開くことになりました。
4. 学生無年金障害者訴訟:制度の狭間と国の責任
2007年の最高裁判決では、1989年の制度改正以前に、20歳以上の学生が国民年金に任意加入していなかったケースが争われました。当時、学生は加入が強制されておらず、未加入の状態で障害を負った場合、障害基礎年金が支給されませんでした。
学生たちは、国が適切な措置を講じなかった(立法の不作為)として国家賠償を訴えましたが、最高裁は国の不作為を違法とはいえないとして、訴えを退ける判断を下しました。この事案は、社会制度の移行期において、救済から漏れてしまう人々をどのように守るかという、セーフティネットの構築における重い課題を浮き彫りにしました。しかし、判決に先立つ2004年には国会で「特別障害給付金支給法」が制定されるなど、実質的な救済へとつながる転換点ともなりました。
生存権をめぐる議論の現在
これらの裁判例からわかるのは、憲法25条が単なる理想ではなく、具体的な制度や金額を通じて私たちの生活に直結しているということです。初期の裁判では国の裁量が強く認められる傾向にありましたが、時代とともに個別の事情や教育の必要性を考慮するような柔軟な判断や、法改正による救済も見られるようになっています。
私たちは、これらの歴史的な経緯を踏まえ、「すべての人にとっての健康で文化的な生活」とは何かを、絶えず問い直し続ける必要があるといえるでしょう。
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