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17_80 原始・古代の社会・文化と東アジア / 平安時代

平安時代:藤原氏が争った貴族たち

著者名: 早稲男
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他氏排斥

平安時代に栄華をおさめた藤原氏ですが、そこにはもちろん、他の貴族(伴氏、橘氏、紀氏、源氏など)との権力をめぐる争いがありました。他の有力貴族を地方へと飛ばしたり、滅ばしたり、ときには皇太子を追放したりと好き放題にやっていたわけですが、このように他貴族の権力をそいでいったことを、他氏排斥といいます。ここでは、藤原氏と争って敗れた貴族たちと、その争いの内容・特徴についてみていきましょう。

842年 承和の乱

<時代>藤原良房の時代
<追放者>:伴健岑(とものこわみね)、橘逸勢(たちばなのはやなり)

伴健岑、橘逸勢らが謀反をくわだてたとして、隠岐、伊豆にそれぞれ流されました。この結果、両氏がおしていた恒貞親王はその座を追われ、藤原良房のおしていた道康親王が皇太子の座に就きました。

※藤原良房は、藤原氏として初めて摂政に就いた人物であることをおさえておきましょう。

866年 応天門の変

<時代>藤原良房の時代
<追放者>:伴善男(とものよしお)、紀氏

伴善男が、左大臣であった源信を陥れようとして、応天門に火を放った事件です。しかしながら、伴善男はあえなくつかまり伊豆へと追放されました。これに関連して、有力貴族であった紀氏も一緒に左遷させたれてしまいます。結果的に藤原氏の一人勝ちとなった事件でした。

901年 菅原道真の追放

<時代>藤原時平の時代
<追放者>菅原道真

藤原時平が醍醐天皇に進言をして、菅原道真を大宰府へと左遷させました。菅原道真は、醍醐天皇の前の天皇である宇多天皇が、対藤原氏のために登用したという経緯があったためです。

969年 安和の変

<時代>:藤原実頼の時代
<追放者>:源高明

藤原実頼が、左大臣であった源高明を大宰府へと左遷した事件です。
これをもって、藤原氏の他紙排斥が完了し、実頼の孫・ひ孫である藤原道長藤原頼通親子の時代に藤原氏は全盛期を迎えることとなりました。
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『日本史用語集』 山川出版

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