キリスト教の国教化と教父の活躍
この間、ギリシア宗教を復興しようとしたユリアヌス帝の迫害を受けながらも拡大を続けたキリスト教は、次のテオドシウス帝の時代、ついに392年ローマ帝国の国教として認められるようになるのです。
国教となった結果、キリスト教会は免税などを通じて豊かになり、政治や人々の一般社会に対しても影響力を持つようになりました。ローマ教会の地位が高まり、4世紀にはコンスタンティノープル、アンティオキア、イェルサレム、アレクサンドリアを含めた五大教会が権力を持つようになります。
それと並行して、教父ヒエロニムス(342年頃~420年)がローマ帝国の公用語のラテン語に聖書を翻訳し、神学という学問が生まれました。
そしてローマ帝国末期最大の教父アウグスティヌス(354年~430年)は「告白録」で自分の改宗の経緯を綴り、「神の国」という著作を通じて、末期のローマを救うのは神と教会への信仰にほかならないという主張をし、キリスト教会の権威を最大限に高めました。
(アウグスティヌスの肖像)
様々な宗派と宗教会議
ローマを中心とする正統派キリスト教が確立する一方で、様々な宗派が生まれていきました。
ニケーア公会議で異端となった
アリウス派は、ローマ帝国外のゲルマン民族に広まり、キリストの神性と人性を完全に分離させる
ネストリウス派が現れましたが、431年の
エフェソス公会議で異端とされました。異端となったネストリウス派は東方での布教活動を行い、ササン朝ペルシアを経て中国に伝わり、
景教と呼ばれました。
また、他にも、キリストには神性しかないとする
単性派も興りましたが、451年の
カルケドン公会議で異端とされ、以後はエジプトのコプト教会やシリア教会、アルメニア教会などに広がりました。
主な宗教会議とその内容
| 年号 | 会議名 | 内容 |
| 325年 | ニケーア公会議 | アリウス派が異端とされる |
| 431年 | エフェソス公会議 | ネストリウス派が異端とされる |
| 451年 | カルケドン公会議 | 単性派が異端とされる |
おわりに
以上がキリスト教の成立から発展までの過程です。キリスト教はこの後も、ヨーロッパ社会に多大な影響をあたえ、変化し続けました。興味を持った方がいたら、一度聖書を開いてみるのもいいかもしれません。