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イエスとは わかりやすい世界史用語1181
著作名: ピアソラ
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十字架刑 (Crucifixion):
鞭打ちと侮辱: ローマ兵たちはイエスを鞭打った後、紫の衣(または赤いマント)を着せ、茨で編んだ冠をかぶらせ、葦の棒を右手に持たせて、「ユダヤ人の王、万歳!」と嘲弄し、彼につばを吐きかけ、葦の棒で頭をたたき、平手で打ちました(マタイ27:27-31、マルコ15:16-20、ヨハネ19:1-3)。
ゴルゴタへの道: イエスは自分で十字架を背負わされましたが(ヨハネ19:17)、途中で衰弱したためか、兵士たちは通りかかったクレネ人シモンに無理やり十字架を背負わせました(マタイ27:32、マルコ15:21、ルカ23:26)。多くの人々、特に嘆き悲しむ女性たちが後に従いました。
十字架につけられる: イエスは「されこうべの場所」という意味のゴルゴタ(ラテン語ではカルウァリア、英語でカルバリー)と呼ばれる場所で、午前9時頃(マルコ15:25)に十字架につけられました。十字架には、「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」という罪状書きが、ヘブライ語、ラテン語、ギリシア語で書かれて掲げられました(ヨハネ19:19-20)。イエスと共に二人の犯罪人も、一人は右に、一人は左に十字架につけられました。
十字架上での出来事: イエスは十字架上でいくつかの言葉(「七つの言葉」として伝統的にまとめられる)を発したとされています。例として、「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」(ルカ23:34)、「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」(悔い改めた犯罪人に対して、ルカ23:43)、「婦人よ、ご覧なさい。あなたの子です」(母マリアに)、「見なさい。あなたの母です」(愛する弟子、おそらくヨハネに)(ヨハネ19:26-27)、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」(エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ)(マタイ27:46、マルコ15:34、詩編22:1の引用)、「渇く」(ヨハネ19:28)、「成し遂げられた」(ヨハネ19:30)、「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます」(ルカ23:46)などがあります。通行人や祭司長たちはイエスを嘲笑し、「他人を救ったが、自分は救えない」などと言いました。兵士たちはイエスの衣を分け合い、継ぎ目のない下着はくじ引きで分けました。
死: 正午頃から午後3時頃まで、全地が暗くなりました。午後3時頃、イエスは大声で叫び、息を引き取りました。その瞬間、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂け、地震が起こり、岩が裂け、墓が開いて多くの聖なる者たちの体が生き返ったとマタイ福音書は記しています(マタイ27:51-53)。十字架のそばにいたローマの百人隊長は、これらの出来事を見て、「本当に、この人は神の子だった」(マルコ15:39)または「本当に、この人は正しい人だった」(ルカ23:47)と言いました。
埋葬 (Burial): その日は安息日の準備の日であり、安息日(土曜日)に死体が十字架の上に残らないようにするため、ユダヤ人たちはピラトゥスに願い出て、十字架上の者たちの脚を折って(死を早めるため)取り降ろす許可を得ました。兵士たちは二人の犯罪人の脚を折りましたが、イエスは既に死んでいたので、脚を折らず、代わりに一人の兵士が槍でイエスの脇腹を突き刺すと、血と水が流れ出たとヨハネ福音書は記しています(ヨハネ19:31-37)。その後、アリマタヤ出身のヨセフという裕福なサンヘドリンの議員であり、イエスの弟子であった人物(ただし、ひそかに)が、ピラトゥスに願い出てイエスの遺体を引き取りました。ニコデモ(以前、夜イエスを訪ねたことのあるファリサイ派の指導者)も、没薬とアロエを混ぜたものを大量に持ってきて、ヨセフと共にイエスの遺体を香料と共に亜麻布で包みました。そして、近くの園にあった、まだ誰も葬られたことのない新しい墓(岩を掘って造った墓)にイエスを納め、墓の入り口に大きな石を転がしておきました(マタイ27:57-61、マルコ15:42-47、ルカ23:50-56、ヨハネ19:38-42)。マタイ福音書によれば、祭司長とファリサイ派は、イエスが生前に三日後に復活すると言っていたことを思い出し、弟子たちが遺体を盗んで復活したと偽るのを防ぐため、ピラトゥスに願い出て、墓に番兵を置き、石に封印を施しました(マタイ27:62-66)。
復活と昇天

イエスの死と埋葬は物語の終わりではありませんでした。キリスト教信仰の中心には、イエスが死から復活したという主張があります。

空の墓 (Empty Tomb): 週の初めの日(日曜日)の早朝、マグダラのマリアや他の女性たちが、イエスの遺体に香油を塗るために墓に行くと、墓の入り口の大きな石が脇に転がしてあり、墓の中が空であるのを発見しました(マタイ28:1-8、マルコ16:1-8、ルカ24:1-12、ヨハネ20:1-10)。福音書によって細部は異なりますが、天使(または輝く衣を着た二人の人物)が墓の中(または外)に現れ、女性たちにイエスが復活したことを告げ、弟子たちに知らせるように指示しました。
復活後の顕現 (Resurrection Appearances): 福音書と使徒言行録、パウロ書簡(特にコリント第一15章)は、復活したイエスが様々な人々(個人およびグループ)に、様々な場所で、約40日間にわたって現れたことを記しています。
最初にマグダラのマリアに現れた(ヨハネ20:11-18、マルコ16:9)。
他の女性たちに現れた(マタイ28:9-10)。
エマオへ向かう途中の二人の弟子に現れた(ルカ24:13-35、マルコ16:12-13)。
シモン・ペトロに現れた(ルカ24:34、コリント第一15:5)。
トマスを除く十人の弟子たちに(最初に集まった時)現れた(ルカ24:36-43、ヨハネ20:19-23、マルコ16:14)。イエスは彼らに手と脇腹の傷跡を見せ、平和を告げ、聖霊を送り、罪を赦す権威を与えました。
トマスを含む弟子たちに(一週間後に)現れた。疑い深いトマスに傷跡に触れるように勧め、トマスは「わたしの主、わたしの神よ」と告白した(ヨハネ20:24-29)。
ガリラヤ湖畔で七人の弟子たちに現れ、共に朝食をとり、ペトロに三度「わたしを愛するか」と問い、羊(信者)を牧するように命じた(ヨハネ21章)。
ガリラヤの山で十一人(ユダを除く)の弟子たちに現れ、「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい」「あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子としなさい。父と子と聖霊の名によって彼らに洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい」(大宣教命令、Great Commission)と命じた(マタイ28:16-20、マルコ16:15-18)。
ヤコブ(イエスの兄弟)に現れた(コリント第一15:7)。
五百人以上の兄弟たちに同時に現れた(コリント第一15:6)。
すべての使徒たちに現れた(コリント第一15:7)。
最後に、昇天の際に弟子たちに現れた(使徒1:3-9)。 これらの顕現物語は、弟子たちの絶望と恐れを、確信と喜びに変え、彼らがイエスの復活の証人として大胆に宣教活動を開始する原動力となりました。復活は、イエスが単なる人間ではなく、神の子であり、死に打ち勝った救い主であることを証明する出来事として、キリスト教信仰の根幹を成しています。歴史学的には、復活そのものを証明することは不可能ですが、弟子たちがイエスが復活したと固く信じ、その信仰のために命を懸けることさえ厭わなかったという事実は、歴史的な現象として説明を要するものとされています。
昇天 (Ascension): ルカ福音書と使徒言行録によれば、復活から40日後、イエスは弟子たちをエルサレム近郊のベタニアまで連れて行き、彼らを祝福した後、天に上げられ、雲に覆われて見えなくなりました(ルカ24:50-53、使徒1:9-11)。天使が現れ、弟子たちに、イエスが天に上って行かれたのと同じように、再び来られることを告げました。昇天は、イエスの地上での働きが完了し、父なる神の右の座に着き、そこから世界を統治し、聖霊を送るという新しい段階に入ったことを示す出来事と解釈されています。






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