宇治拾遺物語『検非違使忠明のこと』の原文・現代語訳と解説
このテキストでは、
宇治拾遺物語の一節『
検非違使忠明のこと』(けびいしただあきらのこと)の現代語訳・口語訳とその解説を記しています。
この話は
今昔物語集や
古本説話集などにも収録されていますが、収録されている作品によって内容が多少異なります。書籍によっては「
検非違使忠明」と題するものもあるようです。
本文のあらすじを知りたい人は、「
本文をあらすじにまとめました」を参照してください。
今昔物語集ver.
※
今昔物語集ver.「検非違使忠明」(今は昔、忠明といふ検非違使ありけり〜)
宇治拾遺物語とは
宇治拾遺物語は13世紀前半ごろに成立した説話物語集です。編者は未詳です。
原文
これも今は昔、忠明といふ
(※1)検非違使あり(※2)けり。それが
若かりける時、清水の橋のもとにて
(※3)京童部どもと
いさかひをしけり。京童部、手ごとに刀を抜きて、忠明を
立てこめて殺さむとしければ、忠明も太刀を抜きて、
御堂ざまに
上るに、御堂の東のつまにも、
あまた立ちて向かひ合ひたれば、内へ逃げて、
(※4)蔀(しとみ)のもとを脇に
挟みて前の谷へ躍り
落つ。蔀、風に
しぶかれて、谷の底に、鳥の
居るやうに、
やをら落ちにければ、それより
逃げて
往にけり。京童部ども谷を見おろして、
あさましがり、
立ち並みて
見けれども、すべきやうもなくて、やみにけりとなむ。
現代語訳
今となっては昔の話ですが、忠明という検非違使(けびいし)がいました。それ(忠明)が若かった頃、清水寺の橋のたもとで京都童たちとけんかをしました。京都童は手に手に刀を抜いて、忠明を閉じ込めて殺そうとしたので、忠明も刀を抜いて(清水寺の)本堂のほうへ上ると、本堂の東の端にも、(京童部が)たくさん立って(忠明に)向かい合ったので、(お堂の)中へと逃げて、蔀の下戸を脇にはさんで前の谷へ飛びおりました。蔀は、風に支えられて、谷の底に鳥がとまるように、そっと落ちたので、そこから逃げて去りました。京童部たちは谷を見下ろして、驚き呆れて、立ち並んで見ていましたが、なすすべもなく、(けんかは)終わったということです。
品詞分解
宇治拾遺物語『検非違使忠明』(これも今は昔、忠明といふ〜)の品詞分解
単語
(※1)検非違使 | 現代の警察と裁判所を兼ねたような官職の役人 |
(※2)けり | 過去を表す助動詞「けり」の終止形 |
(※3)京童部 | 京都のヤンキー、若者たち |
(※4)蔀 | 板張りの格子戸 |
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著者情報:走るメロスはこんな人
学生時代より古典の魅力に取り憑かれ、社会人になった今でも休日には古典を読み漁ける古典好き。特に1000年以上前の文化や風俗をうかがい知ることができる平安時代文学がお気に入り。作成したテキストの総ページビュー数は2億回を超える。好きなフレーズは「頃は二月(にうゎんがつ)」や「月日は百代の過客(くゎかく)にして」といった癖のあるやつ。早稲田大学卒業。