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古本説話集『平中が事』(さしも心に入らぬ女のもとにても〜)の現代語訳・口語訳と文法解説

著者名: 走るメロス
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古本説話集『平中が事』原文・現代語訳と解説

ここでは、古本説話集の中の『平中が事』の後半部分(さしも心に入らぬ女のもとにても〜)の原文、わかりやすい現代語訳・口語訳とその解説を記しています。


原文(本文)

今は昔、平中といふ色好み、さしも心に入らぬ女のもとにても、泣かれぬ音を、そら泣きをし、涙に濡らさむに、硯瓶に水をいれて、緒をつけて、肘にかけてし歩きつ。顔・袖を濡らしけり。

出居の方を、妻のぞきて見れば、間木に物をさし置きけるを、出でてのち取り下して見れば、硯瓶なり。また、畳紙に丁子入りたり。瓶の水をいうてて、墨を濃くすりて入れつ。鼠の物を取り集めて、丁子に入れ替へつ。さて、もとの様に置きつ。

例の事なれば、夕さりは出でぬ。暁に帰りて、心地悪しげにて、唾を吐き、臥したり。

畳紙の物の故なめり。

と、妻は聞き臥したり。夜明けて見れば、袖に墨ゆゆしげに付きたり。鏡を見れば、顔も真黒に、目のみきらめきて、我ながらいと恐ろしげなり。硯瓶を見れば、墨をすりて入れたり。畳紙に鼠の物入りたり。いといとあさましく、心憂くて、その後そら泣きの涙、丁子含む事、とどめてけるとぞ。



現代語訳(口語訳)

今となっては昔のことですが、平中という色好みが、たいして気をいれていない(愛していない)女性のところでも、泣けてもこないのに泣き声を立ててうそ泣きをして、(顔を)涙で濡らすために、硯瓶に水をいれて、ひもをつけて、肘にかけて持ち歩いていました。(その水を使って)顔や袖を濡らしたのです。

(ある日)出居の方を、(平中の)妻がのぞき見てみると、(平中が)棚の上に物を置いたので、(平中が部屋を)出た後に取り下ろして見たところ、(それは)硯瓶でした。また、畳紙に丁子が入っています。(妻は)瓶の水を捨てて、(かわりに)墨を濃くすっていれました。ネズミの糞を取り集めて、丁子に入れ替えました。そして、元あった様に置いたのです。

いつものことで、(平中は)夕方には出かけていきました。明け方に帰ってきて、気分が悪そうに、つばを吐いて横になりました。

畳紙の物のせいであるようね。

と、妻は聞きながら横になっていました。夜が明けて(平中が)見てみると、袖には墨がたいそう付いています。鏡を見れば、顔は真っ黒に、目ばかりがきらきらと光っていて、我ながらひどく恐ろしい感じです。硯瓶を見ると、墨がすって入れてあります。畳紙にはネズミの糞が入っています。とてもとても驚きあきれるばかりで、情けなかったので、その後には、うそ泣きの涙(を用意すること)や丁子を口に含むことはやめてしまったということです。

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ベネッセ全訳古語辞典 改訂版 Benesse
『教科書 高等学校 標準古典B』第一学習社
全訳読解古語辞典 第四版 三省堂
佐竹昭広、前田金五郎、大野晋 編1990 『岩波古語辞典 補訂版』 岩波書店

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