枕草子『宮に初めて参りたるころ』原文・現代語訳と解説
このテキストでは、
枕草子の一節『
宮に初めて参りたるころ』(
宮に初めて参りたるころ、もののはづかしきことの数知らず〜)のわかりやすい現代語訳・口語訳とその解説を記しています。
枕草子とは
枕草子は
清少納言によって書かれたとされる随筆です。
清少納言は平安時代中期の作家・歌人で、一条天皇の皇后であった中宮定子に仕えました。ちなみに
枕草子は、
兼好法師の『
徒然草』、
鴨長明の『
方丈記』と並んで「
古典日本三大随筆」と言われています。
原文(本文)
宮に初めて
参りたるころ、ものの
(※1)はづかしきことの数知らず、涙も落ちぬべければ、夜々参りて、三尺の御几帳のうしろに候ふに、絵など
取り出でて
見せさせ
給ふを、手にてもえ
さし出づまじう、
(※2)わりなし。
「これは、とあり、かかり。それが、かれが。」
など
のたまはす。
高坏に
参らせたる
大殿油なれば、髪の筋なども、
(※3)なかなか昼よりも
顕証に見えて
(※4)まばゆけれど、
念じて見などす。いと冷たきころなれば、さし出でさせ給へる御手の
(※5)はつかに見ゆるが、
(※6)いみじう(※7)にほひたる薄紅梅なるは、
(※8)限りなくめでたしと、
見知らぬ
(※9)里人心地には、
かかる人こそは世に
おはしましけれと、
(※10)おどろかるるまでぞ、
まもり参らする。
暁には、
とく下りなむと
いそがるる。
など
仰せらるるを、
いかでかは
筋かひ御覧ぜられむとて、なほ
臥したれば、御格子も参らず。
女官ども参りて、
など言ふを聞きて、女房の放つを、
と仰せらるれば、
笑ひて帰りぬ。ものなど問はせ給ひ、のたまはするに、
(※12)久しうなりぬれば、
と仰せらる。
(※13)ゐざり帰るに
(※14)や遅きと、
上げちらしたるに、雪
降りにけり。登華殿の御前は、立蔀近くて
せばし。雪いと
をかし。
※つづく:
枕草子『宮に初めて参りたるころ』(昼つかた〜)の現代語訳と解説
現代語訳(口語訳)
(中宮定子様の)御所に初めて出仕申し上げたころ、気が引けてしまうことがたくさんあり、(緊張で)涙もこぼれ落ちてしまいそうなほどで、夜ごとに参上しては、三尺の御几帳の後ろにお控え申し上げていると、(中宮様が)絵などを取り出して見せてくださるのを、(私は)手さえも差し出すことができないほど(気恥ずかしく)、どうしようもない状態でいます。
「これは、ああだ、こうだ。それが、あれが。」
などと(中宮様が)おっしゃいます。高坏にお灯しして差し上げさせた火なので、(私の)髪の筋などが、かえって昼(間の時間帯)よりも際立って見えて恥ずかしいのですが、(気恥ずかしいのを)我慢して(中宮様の出した絵を)拝見したりなどします。とても(寒く)冷える頃なのですが、(中宮様が)差し出されるお手がかすかに見え、(その手の)美しさが映えて薄紅梅色であることが、この上なく美しいと、(まだ中宮様のことをよく)わかっていない(田舎心地の私のような)者には、このような人がこの世にいらっしゃるのだなぁと、はっとするほどで、じっと見つめ申し上げています。
夜明け前には、早く退出しようと気がせかれます。
「(自分の醜さを恥じらう例えで)葛城の神も、もうしばらく(いなさい)。」
と(中宮様が)おっしゃるのですが、(私は)なんとかして、斜めに向かい合って(私を)ご覧いただこうとして、やはりうつぶしているので、御格子もお上げ申し上げずにいます。女官たちが参上してきて、
「これを、お開けください。」
などと言うのを聞いて、(他の)女房が(格子を)上げるのを(中宮様は)
「(上げては)だめ。」
とおっしゃるので、(女房たちも)笑って帰っていきました。
(中宮様が私に)あれこれお尋ねになり、お話されるうちに、だいぶ時間がたったので、
「(初めての宮仕えで)退出したくなってしまっていることでしょう。それならば、早く(退出しなさい)。今夜は、すぐに(いらっしゃい)。」
と(中宮様が)おっしゃいます。
膝をついた状態で移動して(退出して自分の部屋に)帰るやいなや、(格子を)むやみやたらに上げたところ、(外には)雪が降っていたのでした。登華殿の御前は、立蔀が近くに立ててあって狭いです。雪はとても風情があります。
※つづく:
枕草子『宮に初めて参りたるころ』(昼つかた〜)の現代語訳と解説
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