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18_80 ヨーロッパ世界の形成と変動 / 東ヨーロッパ世界の成立

ビザンツ帝国史 2 ~聖像禁止令、十字軍、オスマントルコによるコンスタンティノープル陥落~

著者名: エンリケ航海王子
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ビザンツ帝国の最後

この再興が、ビザンツ帝国の最後の王朝パラエオロゴズ朝です。
しかし、再興後のビザンツ帝国には、過去の大帝国の力は残っていませんでした。
バルカン半島のセルビア人勢力の拡大や、オスマン=トルコの伸長があったからです。

特に、オスマン=トルコは、14世紀にはいり都をアドリアノープルに置き、勢力を拡大していきました。

15世紀に入ると、ビザンツ帝国の領土は、ほぼコンスタンティノープルのみとなっていました。
オスマン=トルコとキリスト教諸国は幾度と無く戦いましたが、ニコポリスの戦いなどで大敗を重ね、ついにオスマン軍がコンスタンティノープルを包囲します。

コンスタンティノープルの包囲戦は、ビザンツ帝国の最後の抵抗によってなかなか進展しませんでした。しかし、70隻の軍艦を山を超えて持ち込んだメフメト2世率いるオスマン軍により、1453年、ついにコンスタンティノープルは陥落、ビザンツ帝国は滅亡します。

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(メフメト2世とオスマン軍)

おわりに

東ヨーロッパの盟主であったビザンツ帝国は、内政の混乱や外敵との度重なる戦いによって1000年の歴史に幕を閉じました。しかし、ギリシア=ローマ文化を引き継ぎ、独自の文化圏を築き上げたビザンツ帝国の遺産は、その後の世界史において、大きな役割を果たします。
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・ビザンツ帝国史 2 ~聖像禁止令、十字軍、オスマントルコによるコンスタンティノープル陥落~

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『教科書 世界史B』 山川出版社
『詳説世界史研究』  山川出版社
『世界史B 用語集』 山川出版社

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