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蜻蛉日記原文全集「今は三月つごもりになりにけり」
著作名: 古典愛好家
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蜻蛉日記

今は三月つごもりになりにけり

今は三月つごもりになりにけり。いとつれづれなるを、忌みもたがへてらしばしほかにと思ひて、県(あがた)ありきの所にわたる。思ひさはりしこともたひらかになるにしかば、ながき精進(さうじ)はじめんと思ひたちて、物などとりしたためなどするほどに、

「勘事はなをやおもからん、ゆるされあらば、暮にいかが。」


とあり。これかれ見ききて、

「かくのみあくがらし果つるは、いとあしきわざなり。なをこたみだに御かへり、やむごとなきにも」


とさはげば、ただ

「月も見なくに、あやしく」


とばかり物しつ。よにあらじと思へば、いそぎ渡りぬ。つれなさは、そこに夜うちふけて見えたり。例のわきたぎることもおほかれど、ほど狭く人さはがしきところにて、息もえせず、胸に手をおきたらんやうにて明かしつ。つとめて、

「そのことかのこと、物すべかりければ」


とていそぎぬ。なをしもあるべき心を、また今日や今日やと思ふに、をとなくて四月になりぬ。

もいと近きところなるを、

「御門にて車立てり。こちやおはしまさむずらん」


など、やすくもあらず言う人さへあるぞ、いとくるしき。ありしよりもまして心を切りくだく心ちす。返りごとも

「なをせよ、なをせよ」


と言ひし人さへ、うくつらし。



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