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17_80 原始・古代の社会・文化と東アジア / 飛鳥時代・奈良時代

なぜ煬帝は遣隋使を罰さなかったのか

著者名: 早稲男
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「日出る処の天子、書を没する処の天子に致す」

に示されるように(中国)は、それまで朝貢関係にあった倭国(日本)から、今までの冊封をやめて独立した国家として接してくださいと言われました。

皇帝煬帝は、この国書に対して激怒したと言われていますが、遣隋使を罰することなく裴世清を国使として日本に派遣しています。それはなぜでしょうか?
朝貢国からのこのような思い上がった文書に激怒して、国使を殺してしまうということも十分に考えられますが、なぜ遣隋使は罰せられなかったのでしょうか。

背景

その理由は高句麗(朝鮮半島北部)との関係にあります。
当時隋と高句麗は対戦中であり、仮に日本からの国使をはねのけてしまえば、倭国(日本)と高句麗が手を結んでしまうかもしれないという思いがあったのです。
遣隋使を優遇し、裴世清を使者として遣わしたのはこのためであると言われています。
遣隋使を考察するときは、周りの国との関係をみて

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・なぜ煬帝は遣隋使を罰さなかったのか

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『日本史用語集』 山川出版
『読むだけですっきりわかる日本史』 宝島社文庫

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