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17_80 中世の社会・文化と東アジア / 鎌倉時代

元寇が幕府に与えた影響・結果

著者名: 早稲男
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元寇が幕府に与えた影響

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文永の役弘安の役の後、鎌倉幕府は衰退の一歩をたどることになります。
元寇後の御家人に対する報奨が十分でなかったことと、3度目の元の襲来に備えて、九州北部での警備に多くの人材が割かれたためです。

そもそも鎌倉幕府と御家人の関係は、 ご恩と奉公といって、戦で活躍したぶんだけ褒美がもらえるといったシステムでした。

国内での戦の場合、勝者が敗者の土地や財産を分配することで、部下に報酬を与えることができていました。しかしながら元寇は、元が襲来しそれを追い払っただけの戦にすぎません。そのために幕府側が元から得た物はなく、御家人たちに十分な報酬を与えることができませんでした。(竹崎季長のように、自らの活躍を絵に描いて報奨を訴える者もいたほどです。)


報酬が少ない中で、御家人たちは九州北部での警備の仕事に動員されてしまいます。ただでさえ生活が困窮している御家人たちは、借金に苦しむようになっていきます。幕府はこれに対して徳政令(借金をなかったことにできる)を発し打開を図りますが、御家人の没落をとめることはできませんでした。


以上のような背景から、御家人たちは幕府に対して不満を募らせ反発を抱くようになり、幕府は衰退へと向かっていくことになったのです。
元寇の後、幕府が衰退に陥った理由

報酬が十分ではなかった

疲れきっているのに幕府から離れた九州に赴任させられた



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『日本史用語集』 山川出版 
『教科書 詳解 日本史B』 三省堂

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