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オスマン帝国の歴史 ① ~メフメト2世とビザンツ帝国の滅亡~
著作名: エンリケ航海王子
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メフメト2世の登場

バヤジット1世の病死によって、オスマン帝国の拡大は一度止まりますが、その後代7代のメフメト2世(在位1444〜1446,1451〜1481)が即位すると、再び帝国は拡大していきます。

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(メフメト2世)

彼の治世で最も重要なのが、ビザンツ帝国のコンスタンティノープル包囲です。

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(メフメト2世とオスマン帝国軍)

1453年、メフメト2世はビザンツ帝国の首都コンスタンティノープルをおよそ10万の軍団を送って包囲します。

その当時のビザンツ帝国は、帝国とは名ばかりで首都周辺の領土しか残っていませんでした。時のビザンツ皇帝はコンスタンティヌス11世で、彼は援軍を含めた7000人で最後の抵抗を試みます。

ビザンツ側は、黒海の金角湾に巨大な鎖を張り、オスマン帝国の軍艦を阻止していました。

これを見たメフメト2世は、油を塗った木道を山沿いに作り、70隻に及ぶ船団の山越えに成功し、海上に浮かべることに成功します。

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(オスマン艦隊の大移動)

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