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平家物語原文全集「烽火之沙汰 4」

著者名: 古典愛好家
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平家物語

烽火之沙汰

小松殿には、盛国承つて、着到付けけり。馳せ参じたる勢ども、一万余騎とぞ記いたる。着到披見の後、大臣中門に出でて、侍共にのたまひけるは、

「日ごろの契約を違へず参りたるこそ神妙なれ。異国にさる例しあり。周幽王、褒姒といふ最愛の后を持ち給へり。天下第一の美人なり。されども幽王の心に叶はざりける事は、褒姒咲みを含まずとて、すべて此后笑ふ事をし給はず。異国の習ひには、天下に兵革の起こる時、所々に火をあげ、大鼓を打つて兵を召す謀事あり。これを烽火と名付けたり。ある時天下に兵乱起こつて烽火をあげたりければ、后これを見給ひて、

「あなふしぎ、火もあれほどおほかりけるな。」

とて、その時初めて笑ひ給へり。この后、一たび笑めば百の媚ありけり。幽王嬉しき事にして、その事となう、常に烽火を挙げ給ふ。諸候来たるにあたなし。あたなければ、即ち去んぬ。かやうにする事度々に及べば、参る者もなかりけり。ある時、隣国より凶賊おこって、幽王の都を攻めけるに、烽火をあぐれども、例の后の火にならって、兵も参らず。その時都傾いて、幽王つひにほろびにき。さてこの后は、野干となつて走り失せけるぞ恐ろしき。かやうの事がある時は、自今以後もこれより召さんには、かくの如く参るべし。重盛不思議の事を聞き出だして召しつるなり。されどもその事聞き直しつ。僻事にてありけり。とうとう帰れ」


とて、皆帰されけり。実にはさせる事をも聞き出だされざりけれども、父をいさめ申されける詞に従ひ、我が身に勢のつくかつかぬかのほどをも知り、また父子軍をせんとにはあらねども、かうして入道相国の謀反の心をもや、和らげ給ふとの謀なり。

「君君たらずといふとも、臣以て臣たらずんばあるべからず。父父たらずといふとも、子以て子たらずんばあるべからず。君のためには忠あつて、父のためには孝あり。」


と文宣王ののたまひけるに違はず。君ものこの由聞し召して、

「今にはじめぬ事なれども、内府が心の内こそ恥づかしけれ。怨をば恩を以て報ぜられたり。」


とぞ仰せける。

「果報こそめでたうて、大臣の大将にこそいたらめ、容儀帯はい人に勝れ、才智、才学さへ世に超えたるべしやは」


とぞ、時の人々感じあはれける。

「国に諫むる臣あれば、その国必ずやすく、家にいさむる子あれば、その家必ず正し。」


といへり。上古にも末代にも有り難かりし大臣なり。






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・平家物語原文全集「烽火之沙汰 4」

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梶原正昭,山下宏明 1991年「新日本古典文学大系 44 平家物語 上」岩波書店

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