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平家物語原文全集「小教訓 5」

著者名: 古典愛好家
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平家物語

小教訓

其の後大臣中門に出でて、侍共にのたまひけるは、

「仰せなればとて、大納言左右なう失ふ事あるべからず。入道腹の立ちのままに、物騒がしき事し給ひては、後に必ずくやしみ給ふべし。僻事して、我うらむな」


とのたまへば、兵共皆舌を振っておそれおののく。

「さても経遠・兼康がけさ大納言に情なうあたりける事、返す返すも奇怪なり。重盛が帰り聞かん所をば、などかははばからざるべき。片田舎の者共は、かかるぞとよ」


とのたまへば、難波も瀬尾も、ともにおそれ入ったりけり。大臣はかやうにのたまひて、小松殿へぞ帰られける。


さるほどに、大納言の供なりつる侍共、中御門烏丸の宿所へはしり帰ってこの由申せば、北方以下の女房達、声もおしまずなきさけぶ。

「すでに武士の向ひ候。少将殿をはじめ参らせて、君達も皆とられさせとこそ聞こえ候へ。いそぎ何方へもしのばせ給へ」


と申しければ、

「今はこれほどの身になって、残りとどまる身とても、安穏にて何かはせん。ただ同じ一夜の露とも消えん事こそ本意なれ。さても今朝を限りと知らざりけるかなしさよ」


とて、臥しまろびてぞなかれける。すでに武士共の近づく由聞えしかば、かくてまた恥ぢがましく、うたてき目を見んもさすがなればとて、十になり給ふ女子、八歳の男子、車に取り乗せ、いづくを指すともなくやり出だす。さてもあるべきならねば、大宮をのぼりに、北山の辺、雲林院へぞおはしける。其の辺なる僧坊におろしをき奉りて、送りの者共も身々の捨てがたさに、暇申して帰りけり。今はいとけなき幼き人々ばかり残り居て、また事問ふ人もなくしておはしけむ北方の心の内、おしはかられて哀れなり。暮れゆく影を見給ふにつけては、大納言の露の命、この夕べを限りなりと思ひやるにも消えぬべし。宿所には女房・侍多かりけれども、物をだにとりしたためず、門をだに押しも立てず。馬どもは厩になみ立ちたれども、草かふ者一人もなし。夜明くれば馬・車門に立ちなみ、賓客座につらなって遊びたはぶれ、舞踊り、世を世ともし給はず。近きあたりの人は、物をだに高く言はず、おぢおそれてこそ昨日までもありしに、夜の間にかはるありさま、盛者必衰の理は、目の前にこそあらはれけれ。

「楽しみ尽きて悲しみ来たる」


とかかれたる江相公の筆の跡、今こそ思ひ知られけれ。

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・平家物語原文全集「小教訓 5」

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梶原正昭,山下宏明 1991年「新日本古典文学大系 44 平家物語 上」岩波書店

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