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平家物語原文全集「小教訓 4」

著者名: 古典愛好家
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平家物語

小教訓

父の禅門の御前におはして、

「あの成親卿うしなはれん事、よくよく御ばからひ候べし。先祖修理大夫顕季、白河院に召し使はれてよりこのかた、家に其の例なき正二位の大納言に上がって、当時君無双の御いとほしみなり。やがて首をはねられん事、いかが候べからん。都の外へ出だされたらんに事たり候なん。北野天神は、時平の大臣の讒奏にて、うき名を西海の波に流し、西宮の大臣は、多田の満仲が讒言にて恨みを山陽の雲によす。おのおの無実なりしかども、流罪せられ給ひにき。これ皆延喜の聖代、安和の御門の御ひが事とぞ申し伝へたる。上古なほかくのごとし、いわんや末代にをいてをや。賢王なほ御あやまりあり、いわんや人にをいてをや。既に召しをかれぬる上は、いそぎうしなはれずとも、なんのくるしみか候ふべき。

「刑の疑はしきをば軽んぜよ、功の疑はしきをば重んぜよ」

とこそ見えて候へ。事あたらしく候へども、重盛、かの大納言が妹に相ぐして候。維盛また聟なり。かやうに親しくなって候へば申すとや思し召され候らん。其の儀では候はず。世のため、君のため、家のための事をもって申し候ふ。一とせ故少納言入道信西が執権の時にあひあたって、我が朝には嵯峨皇帝の御時、右兵衛督藤原仲成を誅せられてよりこのかた、保元までは君廿五代の間行れざりし死罪を、はじめて執り行ひ、宇治の悪左府の死骸を掘りおこいて、実検せられし事なんどは、あまりなる御政とこそおぼえ候しか。されば古の人々も、

「死罪を行へば、海内に謀反の輩たえず」

とこそ申し伝へて候へ。この詞について、中二年あって、平治にまた信西がうづまれたりしを掘り出だし、首をはねて大路をわたされ候にき。保元に申し行ひし事、幾ほどもなく身の上にむかはりにきと思へば、おそろしうこそ候しか。これはさせる朝敵にもあらず。かたがた恐れあるべし。御栄花残るところなければ、思し召す事あるまじけれども、子々孫々までも繁昌こそあらまほしう候へ。父祖の善悪は、必ず子孫に及ぶと見えて候。

「積善の家に余慶あり、積悪の門に余殃とどまる」

とこそ承はれ。いかさまにも今夜、首をはねられんこと、しかるべうも候はず」


と申されければ、入道相国げにもとや思はれけん、死罪は思ひ止まり給ひぬ。

つづき

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・平家物語原文全集「小教訓 4」

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梶原正昭,山下宏明 1991年「新日本古典文学大系 44 平家物語 上」岩波書店

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