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平家物語原文全集「一行阿闍梨之沙汰 1」

著者名: 古典愛好家
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平家物語

一行阿闍梨之沙汰

十禅師権現の御前にて、大衆また僉議す。

「そもそも我等粟津に行き向かって、貫首を奪ひとどめ奉るべし。但し追立の鬱使、両送使あんなれば、事ゆへなく取りえ奉らん事ありがたし。山王大師の御力の外は、たのむ方なし。まことに別の子細なく取りえ奉るべくは、ここにてまづ瑞相を見せしめ給へ」


と、老僧共肝胆をくだいて祈念しけり。ここに無動寺法師、乗円律師が童、鶴丸とて、生年十八歳になるが、心身を苦しめ、五体に汗を流ひて、にはかに狂ひ出でたり。

「われ十憚師権現のりゐさせ給へり。末代といふとも、いかでか我が山の貫首をば、他国へはうつさるべき。生々世々に心憂し。さらむにとっては、我このふもとに跡をとどめても何にかはせん」


とて、左右の袖を顔に押しあてて、はらはらと流す。大衆これをあやしみて、

「まことに十禅師権現の御託宣にてましませさば、我等しるしをまゐらせん。すこしもたがへず、もとの主に返したべ」


とて、老僧共四五百人、手々に持ったる数珠共を、十禅師の大床の上へぞ投げあげたる。この物狂ひ、走りまわってひろめ集め、すこしもたがへず、一々にもとの主にぞ配りける。大衆神明の霊験あらたなる事の尊さに、皆たな心をあはせて、随喜の感涙をぞもよほしける。

「その儀ならば、行きむかって奪ひとどめ奉れ」


といふほどこそありけれ、雲霞の如くに発向す。あるひいは志賀・唐崎の浜路にあゆみつづける大衆もあり、あるいは山田・矢ばせの湖上に舟押し出だす衆徒もあり。これを見て、さしも厳しげなりつる追立の鬱使・両送使四方へ皆逃げさりぬ。

つづき

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・平家物語原文全集「一行阿闍梨之沙汰 1」

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梶原正昭,山下宏明 1991年「新日本古典文学大系 44 平家物語 上」岩波書店

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