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平家物語原文全集「俊寛沙汰・鵜川軍 2」

著者名: 古典愛好家
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平家物語

俊寛沙汰・鵜川軍

安元三年三月五日、妙音院殿、太政大臣に転じ給へるかはりに、大納言定房卿を越えて、小松殿、内大臣になり給ふ。大臣の大将めでたかりき。やがて大饗おこなはる。尊者には大炊御門左大臣経宗公とぞ聞えし。一の上(かみ)こそ先途なれども、父宇治の悪左府の御例その憚(はばか)りあり。


北面は上古にはなかりけり。白河院の御時、はじめおかれてより以降、衛府共あまた候ひけり。為俊・盛重、童より千年丸・今犬丸とて、これらは左右なききりものにてぞありける。鳥羽院の御時も、季教(すえのり)・季頼(すえより)父子ともに朝家(ちょうか)に召しつかはれ、伝奏する折もありなんど聞えしかども、皆身のほどをば振舞ふてこそありしに、この時の北面の輩は、もっての外に過分にて、公卿・殿上人をもものともせず、礼儀礼節もなし。下北面より上北面にあがり、上北面より殿上の交じはり許さるる者もあり。。かくのみ行はるる間、奢(おご)れる心どもも出できて、よしなき謀反にもくみしけるにこそ。中にも故少納言信西がもとに召しつかひける師光(もろみつ)・成景といふ者あり。師光は阿波国の在庁、成景は京のもの、熟根賤し(いや)き下臈(げろう)なり。健児(こんでい)童(わらは)、もしは格勤者(かくごんしゃ)なんどにて召しつかはれけるが、さかざかしかりによって、師光は左衛門尉、成景は右衛門尉とて、二人一度に靱負尉になりぬ。信西事にあひし時、二人ともに出家して左衛門入道西光、右衛門入道西敬とて、これらは出家の後も、院の御倉あづかりにてぞありける。

つづき
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・平家物語原文全集「俊寛沙汰・鵜川軍 2」

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梶原正昭,山下宏明 1991年「新日本古典文学大系 44 平家物語 上」岩波書店

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