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更級日記 原文全集「宮仕へ」其の一

著者名: 古典愛好家
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更級日記

宮仕へ

十月になりて京にうつろふ。母、尼になりて、同じ家の内なれど、かたことに住みはなれてあり。父(てて)は、ただ我をおとなにしすゑて、我は世にも出でまじらはず、かげにかくれたらむやうにてゐたるを見るも、たのもしげなく心細くおぼゆるに、きこしめすゆかりある所に、

「何となく、つれづれに、心細くてあらむよりは」


と召すを、古代の親は、宮仕へ人はいとうきことなりと思ひて、過さするを、

「今の世の人は、さのみこそは出でたて。さてもをのづからよきためしもあり。さてもこころみよ」


といふ人々ありて、しぶしぶに出だしたてらる。

まづ一夜まいる。菊の、こくうすき八つばかりに、こきかいねりをうへに着たり。さこそ物語にのみ心を入れて、それを見るよりほかに、行き通ふ類、親族などだにことになく、古代の親どものかげばかりにて、月をも花をも見るよりほかのことはなきならひに、立ち出づるほどの心地、あれかにもあらず、うつつともおぼえで、暁にはまかでぬ。

里びたる心地には、なかなか、定まりたらむ里住よりは、をかしきことをも見聞きて、心もなぐさみやせむ、と思ふをりをりありしを、いとはしたなく、悲しかるべきことにこそあべかめれと思へど、いかがせむ。
 

師走になりて、またまいる。局して、このたびは日頃さぶらふ。上には、時々、夜々ものぼりて、知らぬ人の中にうちふして、つゆまどろまれず、はづかしう、もののつつましきままに、しのびてうち泣かれつつ、暁には、夜深くおりて、日ぐらし、父(てて)の老いおとろへて、我を、ことしてもたのもしからむかげのやうに思ひたのみ、むかひゐたるに、こひしくおぼつかなくのみおぼゆ。母なくなりにし姪どもも、生まれしよりひとつにて、夜は左右にふしおきするも、あはれに思ひ出でられなどして、心もそらにながめくらさる。立ち聞き、かいまむ人のけはひして、いといみじくものつつまし。


十日ばかりありて、まかでたれば、父母(ててはは)、炭櫃(すびつ)に火などおこして、待ちゐたりけり。車よりおりたるをうち見て、

「おはする時こそひとめも見え、さぶらひなどもありけれ、この日ごろは人声もせず、前に人影も見えず、いと心細くわびしかりつる。かうてのみも、まろが身をば、いかがせむとかする」


とうち泣くを見るも、いとかなし。つとめても、

「今日はかくておはすれば、内外人おほく、こよなくにぎわわしくもなりたるかな」


とうちいひて、向ひゐたるも、いとあはれに、何のにほひのあるにか、と涙ぐましう聞こゆ。


ひじりなどすら、さきの世のこと夢に見るは、いとかたかなるを、いとかうあとはかないやうに、はかばかしからぬ心地に、夢に見るやう、清水の礼堂にゐたれば、別当と思しき人出できて、

「そこは、さきの生に、この御寺の僧にてなむありし。仏師にて、仏をいとおほく造りたてまつりし功徳(くどく)によりて、ありしすざうまさりて、人とむまれたるなり。この御堂の東におはする丈六の仏は、そこのつくりたりしなり。箔をおしさして、なくなりにしぞ」


と。

「あないみじ。さは、あれに箔おしたてまつらむ」


といへば、

「なくなりにしかば、こと人箔おしたてまつりて、こと人供養もしてし」


と見てのち、清水にねむごろにまいりつかまつらましかば、さきの世に、その御寺に、仏念じ申しけむ力に、おのづからようもやあらまし。いといふかひなく、まうでつかまつることもなくて、やみにき。

其の二
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・更級日記 原文全集「宮仕へ」其の一

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森山京 2001年 「21世紀によむ日本の古典4 土佐日記・更級日記」ポプラ社
長谷川 政春,伊藤 博,今西 裕一郎,吉岡 曠 1989年「新日本古典文学大系 土佐日記 蜻蛉日記 紫式部日記 更級日記」岩波書店

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