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枕草子 原文全集「正月に寺にこもりたるは」

著者名: 古典愛好家
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正月に寺にこもりたるは

正月に寺にこもりたるは、いみじう寒く、雪がちにこほりたるこそをかしけれ。雨うち降りぬるけしきなるは、いとわろし。

清水などにまうでて、局するほど、くれはしのもとに、車ひきよせて立てたるに、帯ばかりうちしたるわかき法師原の、足駄といふものをはきて、いささかつつみもなく、をりのぼるとて、なにともなき経のはしうちよみ、倶舎の頌(ず)など誦(ず)しつつありくこそ、所につけてはをかしけれ。わがのぼるは、いとあやふくおぼえて、かたはらによりて、勾欄をさへなどしていくものを、ただ板敷などのやうに思ひたるもをかし。

「御局して侍り。はや」


といへば、沓(くつ)ども持てきておろす。衣うへざまにひきかへしなどしたるもある。裳、唐衣(からぎぬ)などことごとしく装束きたるもあり。深履(ふかぐつ)、半靴などはきて、廊のほど、沓すり入るは、内裏わたりめきて、またをかし。


内外許されたるわかき男ども、家の子など、あまた立ちつづきて、

「そこもとは落ちたる所侍り。あがりたり」


など教へゆく。なにものにからむ、いと近くさしあゆみ、さいだつものなどを、

「しばし、人おはしますに、かくはせぬわざなり」


などいふを、げにと、すこし心あるもあり。また聞きも入れず、まづわれ仏の御前にと思ひていくもあり。局に入るほども、ゐなみたるまへを、とほり入らばいとうたてあるを、犬防ぎのうち見入れたる心地ぞ、いみじうたふたく、などて月比(つきごろ)まうでで過しすらむと、まづ心もおこる。


御みあかしの常灯にはあらで、うちに、また人のたてまつれるが、おそろしきまで燃えたるに、仏のきらきらと見え給へるは、いみじうたふときに、手ごとに文どもをささげて、礼盤(らいばん)にかひろき誓ふも、さばかりゆすり満ちたれば、とりはなちて聞きわくべきにもあらぬに、せめてしぼり出でたる声々、さすがにまたまぎれずなむ。

「千灯の御心ざしはなにがしの御ため」


などは、はつかに聞こゆ。帯うちして拝み奉るに、

「ここに、つかうさぶらふ」


とて、樒(しきみ)の枝を折りもて来たるは、香などのいとたふときもをかし。犬防のかたより、法師より来て、

「いとよく申し侍りぬ。幾日(いくか)ばかりこもらせ給ふべきにか。しかじかの人こもり給へり」


などいひ聞かせて去(い)ぬるすなはち、火桶、果物などもてつづけて、半挿に手水入れて、手もなき盥(たらひ)などあり。

「御供の人は、かの坊に」


などいひて、よびもていけば、かはりがはりぞゆく。誦経の鐘の音など、我がななりと聞くも、たのもしうおぼゆ。


かたはらに、よろしき男のいとしのびやかに、額(ぬか)など、立ち居のほども、心あらむと聞こえたるが、いたう思ひ入りたるけしきにて、いも寝ずおこなふこそ、いとあはれなれ。うちやすむほどは、経をたかうは聞こえぬほどによみたるも、たふとげなり。うち出でまほしきに、まいてはななどを、けざやかに聞きにくくはあらで、しのびやかにかみたるは、なにごとを思ふ人ならむと、かれをなさばや、とこそおぼゆれ。


日比(ひごろ)こもりたるに、昼はすこしのどかにぞ、はやくはありし。師の坊に、男ども、女、童(わらはべ)などみないきて、つれづれなるに、かたはらに貝をにはかに吹き出でたるこそ、いみじうおどろかるれ。きよげなる立文もたせたる男などの、誦経の物うちおきて、堂童子などよぶ声、山彦ひびきあひてきらきらしうきこゆ。鐘の声ひびきまさりて、いづこのならむと思ふほどに、やんごとなきところの名うちいひて、

「御産たひらかに」


などげんげんしげに申たるなど、すずろに、いかならむなどおぼつかなく、念ぜらるかし。これはただなるをりのことなめり。正月などは、ただいとさわがしき。物望みする人など、ひまなくまうづるを見る程に、おこなひもしらず。


日うちくるる程まうづるは、こもるなめり。小法師ばらの、持ちありくべうもあらぬに、おに屏風のたかきを、いとよく進退して、畳などをうちおくと見れば、ただ局に局立てて、犬防に簾さらさらとうちかくる、いみじうしつきたり。やすげなり。そよそよとあまたおりきて、おとなだちたる人の、いやしからぬ声のしのびやかなるけはひして、かへる人人々やあらむ、

「そのことあやし。火のこと制せよ」


などいふもあなり。
 

七つ八つばかりなる男児の、声愛敬づき、おごりたる声にて、侍の男ども呼びつき、ものなどいひたる、いとをかし。また、三つばかりなるちごの、寝おびれてうちしはぶきたるも、いとうつくし。乳母(めのと)の名、母などうちいひ出でたるも、誰ならむと知らまほし。


夜一夜、ののしりおこなひ明かすに、寝も入らざりつるを、後夜などはてて、すこしうちやすみたる寝耳に、その寺の仏の御経を、いとあらあらしう、たふとくうち出でよみたるにぞ、いとわざとたふとくしもあらず、修行者だちたる法師の、蓑うちしきたるなどがよむななりと、ふとうちおどろかれて、あはれにきこゆ。
 

また夜などはこもらで、人々しき人の、青鈍(あおにび)の指貫の、綿入りたる白き衣どもあまた着て、子供なめりと見ゆる若き男のをかしげなる、装束きたる童べなどして、侍などやうのものども、あまたかしこまり、いねうしたるもをかし。かりそめに屏風ばかりを立てて、額などすこしつくめり。顔知らずは、誰ならむとゆかし。知りたるは、さなめりと見るもをかし。若きものどもは、とかく局どものあたりに立ちさまよひて、仏の御かたに目も見入れ奉らず。別当のなどよび出でてうちささめき、物語していでぬる、えせものとは見えず。


二月つごもり、三月一日、花ざかりにこもりたるもをかし。きよげなる若き男どもの、主と見ゆる二三人、桜の襖(あを)、柳などいとをかしうて、くくりあげたる指貫の裾も、あてやかにぞ見なさるる。つきづきしき男に装束をかしうしたる餌袋(ゑぶくろ)いだかせて、小舎人童(ことねりわらは)ども、紅梅、萌黄の狩衣、いろいろの衣、おしすりもどろかしたる袴などきせたり。花など折らせて、侍めきてほそやかなるものなど具して、金鼓うつこそをかしけれ。さぞかしと見ゆる人もあれど、いかでかは知らむ。うちすぎていぬるもさうざうしければ、

「けしきを見せましものを」


などいふもをかし。


かやうにて、寺にこもり、すべて例ならぬ所に、ただつかふ人のかぎりしてあるこそ、かひなうおぼゆれ。なほおなじ程にて、ひとつ心に、をかしき事もにくきことも、さまざまにいひあはせつべき人、かならず一人二人、あまたも誘はまほし。そのある人の中にも、くちをしからぬもあれど、目馴れたるなるべし。男などもさ思ふにこそあらめ、わざとたづねよびありくは。


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・枕草子 原文全集「正月に寺にこもりたるは」

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萩谷朴 1977年「新潮日本古典集成 枕草子 上」 新潮社
渡辺実 1991年「新日本古典文学大系 枕草子・方丈記」岩波書店
松尾聰,永井和子 1989年「完訳 日本の古典 枕草子」小学館

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