新規登録 ログイン

9_80 その他 / その他

枕草子 原文全集「内裏の局」

著者名: 古典愛好家
Text_level_1
マイリストに追加
内裏の局

内裏の局(つぼね)、細殿、いみじうをかし。

上の蔀(しとみ)あげたれば、風いみじう吹き入れて、夏もいみじう涼し。

冬は、雪あられなどの、風にたぐひて降り入りたるも、いとをかし。

狭くて、童(わらはべ)などののぼりぬるぞあしけれども、屏風のうちに隠しすゑたれば、こと所の局のやうに、声たかくゑ笑ひなどもせで、いとよし。


昼なども、たゆまず心づかひせらる。

夜はまいて、うちとくべきやうもなきが、いとをかしきなり。

沓(くつ)の音、夜一夜聞ゆるが、とどまりて、ただ指(および)一つしてたたくが、その人なりと、ふと聞ゆるこそをかしけれ。

いと久しうたたくに、音もせねば、寝入りたりとや思ふらむと、ねたくて、すこしうちみじろぐ衣のけはひ、さななりと思ふらむかし。

冬は、火桶にやをら立つる箸の音も、忍びたりと聞ゆるを、いとどたたきまさり、声にてもいふに、かげながらすべり寄りて聞く時もあり。


また、あまたの声して詩誦(ず)じ、歌などうたふには、たたかねどまづあけたれば、ここへとしも思はざりける人も立ちとどまりぬ。

居るべきやうもなくて立ちあかすも、なほをかしげなるに、木丁のかたびらいとあざやかに、裾のつま、すこしうち重なりて見えたるに、直衣(なをし)のうしろにほころびたえすきたる君達、六位の蔵人の青色など着て、うけばりて遣戸(やりど)のもとなどにそば寄せてはえ立たで、塀のかたにうしろおして、袖うちあはせて立ちたるこそ、をかしけれ。


また、指貫いと濃う、直衣あざやかにて、色々の衣どもこぼしいでたる人の、簾を押し入れて、なからいりたるやうなるも、外より見るはいとをかしからむを、きよげなる硯引きよせて文かき、もしは、鏡こひて鬢(びん)なをしなどしたるは、すべてをかし。


三尺の木丁を立てたるに、帽額(もかう)のしも、ただすこしぞある、外(と)に立てる人と内にゐたる人ともの言ふが、顔のもとにいとよくあたりたるこそをかしけれ。

たけの高く、短からむ人や、いかがあらむ。

なほ世のつねの人はさのみあらむ。


まいて、臨時の祭の調楽などは、いみじうをかし。

主殿寮(とのもり)の官人、ながき松をたかくともして、頸(くび)は引きいれて行けば、さきはさしつけつばかりなるに、をかしう遊び、笛ふきたてて心ことに思ひたるに、君達、日の装束して立ちどまりもの言ひなどするに、供の随身(ずいじん)どもの、前駆(さき)を忍びやかにみじかう、おのが君達の料に追ひたるも、遊びにまじりて、つねに似ずをかしう聞ゆ。


なほ、あけながら帰るを待つに、君達の声にて、

「荒田に生ふる、とみ草の花」


と歌ひたる、このたびは今すこしをかしきに、いかなるまめ人にかあらむ、すくすぐしうさし歩みていぬるもあれば、笑ふを、

「しばしや。『など、さ、世を捨てて急ぎたまふ』とあり」


など言へば、ここちなどやあやしからむ、たふれぬばかり、もし人などや追ひて捕ふる、と見ゆるまで、まどひ出づるもあめり。







Tunagari_title
・枕草子 原文全集「内裏の局」

Related_title
もっと見る 


Keyword_title

Reference_title
松尾聰,永井和子 1989年「完訳 日本の古典 枕草子」小学館
渡辺実 1991年「新日本古典文学大系 枕草子・方丈記」岩波書店
萩谷朴 1977年「新潮日本古典集成 枕草子 上」 新潮社

この科目でよく読まれている関連書籍

このテキストを評価してください。

※テキストの内容に関しては、ご自身の責任のもとご判断頂きますようお願い致します。

 

テキストの詳細
 閲覧数 2,774 pt 
 役に立った数 0 pt 
 う〜ん数 0 pt 
 マイリスト数 0 pt 

知りたいことを検索!