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17_80 近代日本の形成とアジア / 18世紀における国際環境の変化

ロシアがヨーロッパではなく東アジアで南下政策をすすめた理由・目的

著者名: 早稲男
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南下政策の始まり

そもそもロシアは、凍らない港を求めて南下政策を始めました。
広大な土地を持つロシアが港を得て海洋進出をしてくることは、当時の各国にとって大変な脅威でしたので、欧州各国はこれを阻止することに注力します。
この南下政策を抑えようとする対立が、この時期の国際衝突の大きな理由の一つです。

ヨーロッパでの南下政策

ロシアは、ヨーロッパでの南下を進めるために様々な外交や戦争を行いました。
オスマン帝国への外交政策
クリミア戦争
エジプト・トルコ戦争
露土戦争
シベリア鉄道の建設

このようにいくつもの外交政策や戦争を繰り返し、ロシアは南下政策を進めていきます。
転機となったのは露土戦争です。

対アジアへの方向転換

露土戦争の後、ロシアはバルカン半島の支配権を得ます。しかし、これに危機感をもったドイツ帝国が、バルカン半島への支配を破棄させました。
これによってヨーロッパでの南下政策に限界を感じたロシアは、弱体化していた清国、極東への南下政策に方向転換をするようになったのです。

ヨーロッパ諸国としても、自分たちの国を侵略されるよりは、未開拓の極東への政策に注力してもらっていた方が有難かったのかもしれません。
しかしながら、極東は極東で日本の台頭や各国の侵略事情があって、結局戦争をするはめになっていることは、何か物悲しさを感じます。



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『日本史用語集』 山川出版 

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