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18_80 西アジア・地中海世界の形成 / キリスト教の成立と発展

キリスト教の成立(ミラノ勅令、ニケーア公会議、アタナシウス派など) 受験対策問題 13

著者名: レキシントン
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キリスト教の成立で押さえておきたいポイント

※赤字部分が問題に出そうな部分です。赤色の暗記シートなどで隠して見てください。

キリスト教の成立

・キリスト教成立以前、紀元前5世紀に成立したヘブライ人のユダヤ教が主な宗教であった。ユダヤ教は一神教で、選民思想、契約・戒律主義、メシア信仰などの終末思想などが特徴である。メシアとは救世主のことで、「最後の審判」の際に信者を救済する人物のことである。

・ナザレ出身のイエス(紀元前7頃/4頃〜30頃)がメシアを自覚し、選民思想や戒律主義を極端に重視するユダヤ教パリサイ派と対立するようになった。イエスは神による絶対愛と隣人愛を説き、ペテロやヤコブ、ヨハネら12人の使徒を持ったが、弟子の一人ユダの裏切りにより、ローマ総督ピラトに引き渡され、十字架の刑で処刑された。伝説では後に復活し、その教えがさまざまな地域に広まった。

・キリストとは、メシアのギリシア語訳で、「膏をそそがれた者」の意味。古くよりイスラエルにおいては、預言者、祭司、王などの就任に際して膏を塗る習慣があったため、ナザレのイエスはイエス=キリストと呼ばれるようになる。

・イエスを処刑したポンティウス=ピラトゥスは当時ローマ帝国の領土だったユダヤの総督で、イエス処刑の際のローマ皇帝は、第2代ティベリウスである。

キリスト教の迫害と経典の成立

・イエスの12使徒の中でも、ガリラヤ湖の漁師出身の ペテロ、パリサイ派のユダヤ教徒から回心したパウロなどが重要な使徒であった。この2人はその後ネロ帝の迫害を受け殉教し、ペテロはのちに初代ローマ教皇となり、パウロの「信仰によってのみ義とされる」という神学は、その後教父アウグスティヌスルター宗教改革に大きな影響を及ぼした。

・一神教であるキリスト教は、次第にローマ帝国内に広がっていくが、アウグストゥス以降はじまった皇帝崇拝と相容れなかったため、これを拒否するキリスト教徒は時代ごとに迫害された。ローマ大火の責任をキリスト教徒に負わせたネロ帝の迫害(64年)、ローマの伝統神と皇帝崇拝を強化しようとしたディオクレティアヌス帝の大迫害(303年)など、キリスト教徒に対する弾圧は続いた。

・初期キリスト教徒はこうした迫害を逃れるため、カタコンベという地下墓地で礼拝をおこなった。2〜4世紀にかけて、キリスト教の経典として『新約聖書』が成立した。『新約聖書』はヘレニズム世界で使われたコイネーで書かれ、イエスの言行を記録したマタイ・マルコ・ルカ・ヨハネによる福音書と、ペテロ・パウロの伝道を記録した使徒行伝が含まれる。これ以降『旧約聖書』、『新約聖書』はともにキリスト教の経典となった。

キリスト教の発展

コンスタンティヌス帝の治世になると、313年にミラノ勅令が出され、キリスト教信仰がローマ帝国内で公認された。コンスタンティヌス帝はその後対立していたリキニウス帝を破り、4分割されていたローマ帝国を再び統一する。こうしてキリスト教は皇帝権と結びつき、地位を確立していった。

・コンスタンティヌス帝は325年にニケーア公会議を開催し、当時まだ確立していなかった教義を決定した。この会議により、イエスに人性を強く認めるアリウス派が異端となり、イエスの神性を認め三位一体説を唱えるアタナシウス派が正統教義となった。ローマ帝国を追放されたアリウス派はその後ゲルマン民族に伝道された。

・キリスト教初期の時代、キリスト教会に承認された教父という著作家が活躍し、キリスト教教義の確立に重要な役割を果たした。キリスト教最初の教父がエウセビオスで、使徒の時代から323年までを記した『教会史』、旧約の時代から303年までを記した『年代記』を残した。また、皇帝位は神から授かったものであるという神寵帝理念を定式化し、後のビザンツ帝国やその後の王権神授説の根拠とされた。

・キリスト教は背教者ユリアヌス帝の迫害を受けつつも信者が増加し、テオドシウス帝により380年キリスト教信仰が強制され、392年に他の宗教がローマ帝国内で禁止となり正式に国教となった。

・ローマ帝国末期にはマニ教に影響を受けた最大の教父アウグスティヌスが現れ、『神の国』、『告白録』などを著した。アウグスティヌスの思想は、その後中世スコラ哲学に大きな影響を与えた。

431年には、皇帝テオドシウス2世によりエフェソス公会議が開かれ、ネストリウス派を異端として追放した。ネストリウス派はその後ササン朝に伝道し、唐代の中国に伝わり景教と呼ばれた。

451年には、皇帝マルキアヌスによりカルケドン公会議が開かれ、単性論派が異端となり追放された。

教義内容
アタナシウス派ニケーア公会議(325年)で正当教義となる。神・イエス・聖霊の3者を等質で不可分としイエスの神性を強く認める。
アリウス派ニケーア公会議(325年)で異端とされる。イエスの人性を強く認める。追放後ゲルマン人に伝道。
ネストリウス派エフェソス公会議(431年)で異端とされる。イエスの神性と人性を分離した説を主張。追放後ササン朝や唐(景教)に伝道。
単性論派カルケドン公会議(451年)で異端とされる。イエスに神性のみを認める。追放後エジプトにコプト教会などを建てる。

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・キリスト教の成立(ミラノ勅令、ニケーア公会議、アタナシウス派など) 受験対策問題 13

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『教科書 世界史B』 山川出版社
『世界史B 用語集』 山川出版社

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