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18_80 アジア諸地域世界の繁栄と成熟 / ムガル帝国の興隆と衰退

ムガル帝国の主要な皇帝

著者名: レキシントン
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ムガル帝国とは

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ムガル帝国は、1526年から1858年にかけて、インドに成立したイスラム王朝です。

インドのイスラム化を進め、インドで巨大な帝国を作り上げました。

ここでは、ムガル帝国の主要な皇帝をまとめてみます。

バーブル(在位1526~1530)

・バーブルは、ムガル帝国の初代皇帝です。
・ティムールとチンギス・ハンを祖先に持つといわれています。
・1526年に、パーニーパットの戦いデリー=スルタン朝の最後の王朝だったロディー朝を滅ぼし、ムガル帝国を建国します。
・ムガル帝国の首都はデリーにおかれました。

デリー=スルタン朝とは、13世紀以降デリーを中心としたイスラム王朝のことです。奴隷王朝、ハルジー朝、トゥグルク朝、サイイド朝、ロディー朝の5王朝があります。ロディー朝はアフガン系、その他はすべてトルコ系の王朝です。


アクバル(在位1556~1605)

・アクバルは、ムガル帝国の第三代皇帝です。
・二代皇帝フマーユーンの治世に混乱した帝国を再興します。
・1558年には首都をデリーからアグラに遷都します。
ジズヤを廃止し、ヒンドゥー教徒のラージプート族と和解し、その後北インドを統一します。
・土地の測量や貨幣の統一、全国を州・県・郡に分け、中央から官吏を派遣し、中央集権化を進めました。

ジズヤは非イスラム教徒に課せられた人頭税です。イスラム教徒とヒンドゥー教徒に不公平な状況が生まれていたため、アクバルが廃止しました。


シャー=ジャハーン(在位1628~1658)

・帝国の第五代皇帝です。
・先代のアクバルの宗教寛容政策を受け継ぎます。
インド=イスラム文化の最盛期を作ります。
・王妃のムムターズ=マハルを深く愛し、その死後霊廟タージ=マハルを建立します。
・晩年は実子アウラングゼーブに幽閉されました。

アウラングゼーブ(在位1658~1707)

・帝国の第六代皇帝です。
・父親であるシャー=ジャハーンを幽閉し、帝位につきます。
・厳格なイスラム教スンニ派の王で、1679年にジズヤを復活させ、シーア派やヒンドゥー教を弾圧します。
・弾圧に伴い、ラージプート族、シク教徒、マラータ族などの反抗が激しくなります。
・アウラングゼーブは、外征を繰り返したので、彼の治世にムガル帝国は最大領土になりますが、その時の戦費が財政を圧迫し、その後帝国の衰退につながります。
・この時代には、ヨーロッパのインド植民地化が進み、マドラスを拠点にしたイギリスが、その後ボンベイ、カルカッタをフランスがポンディシェリ、シャンデルナゴルを相次いで占領します。

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(ムガル帝国の領土変遷)

バハードゥル=シャー2世(在位1837~1858)

・ムガル帝国第一七代、最後の皇帝です。
・1857年に、イギリス軍のインド人傭兵シパーヒー(セポイ)の反乱をきっかけにインド大反乱が起こると、反乱軍はデリー城を占領後、ムガル帝国の復活を宣言します。
・1857年にバハードゥル=シャーはイギリスによって捕らえられ流刑にされます。
・1858年にムガル帝国は滅亡し、大反乱の責任をとって東インド会社は解散、その後1877年にイギリスのヴィクトリア女王がインド帝国の女王として即位し、イギリスがインド帝国を直接統治することになりました。
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『教科書 世界史B』 山川出版社
『世界史B 用語集』 山川出版社

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