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22_80 人間としての自覚 / キリスト教

イエス=キリストが神の子として崇められた理由

著者名: zed
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はじめに

ユダヤ教を母体として生まれたキリスト教には、ユダヤ教ととても密接な関係があります。
ユダヤ教の聖書をキリスト教では「旧約聖書」と呼ぶのはこのためです。
イエス=キリストの誕生

さて、キリスト教の始まりと言えばご存知、イエス=キリストなわけですが、みなさんは、なぜ大工の子として生まれたキリストが、神の子として崇められたのかご存知でしょうか?もちろん、キリストにその資格があったからなのは当たり前でしょう。
しかしその背景には、神の誕生を待ち望んでいたという世論があったのです。
イスラエル人の苦悩

イスラエル人の苦難の始まりは、紀元前13世紀ごろにさかのぼります。
当時エジプトで奴隷として扱われていたイスラエル人を救ったのはモーセです。モーセはエジプトからイスラエル人を連れ出し、シナイ山で神ヤハウェから十戒を授かります。モーセが海を渡るときに海が真っ二つに割れたという話はみなさんも耳にしたことがあるでしょう。

この十戒を受けたあとイスラエルの人たちは、自分たちは選民であると意識するようになります。これは神に選ばれたので自分たちが優秀であるという考え方ではなく、自分たちは神に選ばれた民族なので、神の要求には応えなければならない、そしてそれに応えられれば平穏な生活が、応えられなければ苦難が待ち受けているという考え方です。

このモーセの十戒の後、イスラエルの人々は、国の分裂や他国の侵略など様々な苦難を経験します。その中でも人々は、自分たちが神の意思に応えられなかったから苦難を受けたのだと考え続けます。
救世主を願う人々

この間、預言者とよばれる人々が現れました。彼らもまた、苦難を受けたのは神の意思に応えられなかったからだと説きましたが、最後に1つだけ、重大なことを預言したのです。

「イスラエルの民が神の意向に沿う生き方ができたのであれば、我々を救ってくれる救世主(メシア)が現れるだろう」と。

つまりその救世主こそがイエス=キリストであると。
当時の人々の心の中には、救世主を待ち望んでいるという背景があったんですね。この背景があったからこそ、イエスが崇められ、布教のスピードが早かったということが言えるでしょう。
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『もういちど読む 山川倫理』小寺聡 山川出版社
『倫理ノート 新課程用』小寺聡 山川出版社

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