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カトリックの成立と発展 ② ~カール戴冠とローマ教皇~
著作名: エンリケ航海王子
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ビザンツ皇帝からの自立

カトリック教会は、西ローマ帝国の滅亡後、アリウス派を信仰するゲルマン民族に囲まれ、その保護をビザンツ皇帝に頼っていました。

しかし、首位権の争いが激しくなるにつれて、ビザンツ皇帝の権力を後ろ盾にしたコンスタンティノープル教会が、カトリックの権威を否定し始めます。

このような状況に危機感を覚えた教皇グレゴリウス1世(在位590~604)は、ビザンツ皇帝の支配から自立しようと考え始めます。

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(グレゴリウス1世)

修道院と布教活動

グレゴリウス1世は、ビザンツ皇帝に変わるカトリックの守護者として、フランク族に接近します。カトリックは更に、様々なゲルマン民族に布教活動を行いました。

この時、布教活動に重要な役割を果たしたのが、修道院でした。

修道院とは、伝道師となる修道士の養成機関で、西方教会の修道院は「貞潔・清貧・服従」という掟がありました。

なかでも、529年にベネディクトゥスという修道者がイタリアのモンテ=カシノ山に開いたベネディクトゥス派修道院が、西ヨーロッパ布教活動の中心でした。

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(ベネディクトゥス)

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