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源氏物語『葵・物の怪の出現』(まださるべきほどにもあらず〜)の現代語訳と解説
著作名: 走るメロス
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源氏物語『葵』

ここでは、源氏物語の『葵』の章から、「まださるべきほどにもあらず」から始まる部分の現代語訳(口語訳)とその解説をしています。書籍によっては『葵の上』、『物の怪の出現』『御息所のもの思い』とするものもあるようです。

原文

「まださるべきほどにもあらず。」


と皆人もたゆみ給へるに、にはかに気色ありて悩み給へば、いとどしき御祈祷数を尽くしてせさせ給へれど、例の執念き御物の怪ひとつさらに動かず。やむごとなき験者ども、めづらかなりともて悩む。さすがにいみじう調ぜられて、心苦しげに泣きわびて、

「少しゆるべ給へや。大将に聞こゆべきことあり。」


とのたまふ。

「さればよ。あるやうあらむ。」


とて、近き御几帳のもとに入れたてまつりたり。むげに限りのさまにものし給ふを、

「聞こえ置かまほしきこともおはするにや。」


とて、大臣も宮も少し退き給へり。加持の僧ども声しづめて法華経を読みたる、いみじう尊し。

御几帳の帷子引き上げて、見たてまつり給へば、いとをかしげにて御腹はいみじう高うて臥したまへるさま、よそ人だに見たてまつらむに心乱れぬべし。まして惜しう悲しう思す、ことわりなり。白き御衣に色あひいと華やかにて、御髮のいと長うこちたきを引き結ひてうち添へたるも、

「かうてこそ、らうたげになまめきたる方添ひてをかしかりけれ。」


見ゆ。御手をとらへて、

「あないみじ。心憂きめを見せ給ふかな。」


とて、ものも聞こえ給はず泣き給へば、例はいとわづらはしう恥づかしげなる御まみを、いとたゆげに見上げてうちまもりきこえ給ふに、涙のこぼるるさまを見給ふは、いかがあはれの浅からむ。

つづき
「あまりいたう泣き給へば〜」の現代語訳と解説

現代語訳(口語訳)

「(葵の上は)まだそのような(お産の)頃ではない。」


と誰もが気を緩めていらっしゃると、(葵の上が)突然ご出産の兆しがあってお苦しみになるので、よりいっそう御祈祷の数を尽くしておさせになりますが、例の執念深い物の怪ひとつがいっこうに動きません。尊い修験者たちは、珍しいことだととても困惑しています。そうはいってもたいそう調伏されたので、(葵の上は)痛々しく泣きつらく思って

「少し(祈祷を)おゆるめください。大将に申し上げることがあります。」


とおっしゃいます。

(女房たちは)
「やはりそうか。何かわけがあるのでしょう。」


と、(光源氏を)近い御几帳のところにお入れ申し上げました。(葵の上は)まったく最期のご様子でいらっしゃるので、

「申し上げておきたいことがあるのだろうか。」


と、大臣も宮も少しお下がりになりました。加持の僧たちの声を小さくして法華経を読んでいる姿が、とても尊いものです。


(光源氏が)御几帳の帷子を引き上げて、見申し上げますと、(葵の上の)たいそう美しいお姿でお腹はとても高くて横になられている様子は、他人であっても見申し上げたら心が乱れてしまうでしょう。まして(光源氏が)惜しいとも悲しいともお思いになるのは、ごもっともなことです。白いお召し物に(黒髪の)色の具合がとても鮮やかで、御髪がたいそう多いのを引き結んで添えてあるのも

「こうあってこそ、かわいらしく優美なところも加わって美しいのだなぁ。」


とお思いになります。(葵の上の)お手をとって

「ああ、ひどい。つらい目を(私に)お見せになるのですね。」


といって、何も申し上げられずにお泣きになるので、(葵の上は)いつもはたいそう煩わしく気がひけて近づきがたい眼差しを、とてもだるそうに見上げて(光源氏を)じっとお見つめ申し上げなさると、涙がこぼれる様子を(光源氏が)御覧になるのは、どうして情愛を浅く思うことがありましょうか、いやありません。

つづき
「あまりいたう泣き給へば〜」の現代語訳と解説

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