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十八史略『進遇於赤壁・赤壁之戦』(曹操撃劉表〜)書き下し文・現代語訳と解説
著作名: 走るメロス
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十八史略『進遇於赤壁』

ここでは、十八史略の中の『進遇於赤壁』(曹操撃劉表〜)の書き下し文、現代語訳(口語訳)とその解説を行っています。書籍によっては『赤壁之戦』と題するものもあるようです。

原文(白文)

曹操撃劉表。
表卒。
子琮挙荊州降操。
劉備奔江陵、操追之。
備走夏口。
操進軍江陵、遂東下。
亮謂備曰、
「請求救於孫将軍。」


亮見権説之。
権大悦。

つづき『操遺権書曰〜』

書き下し文

曹操、劉表を撃つ。
表卒す。
子の琮荊州を挙げて操に降る。
劉備江陵に奔り、操之を追ふ。
備夏口に走る。
操軍を江陵に進め、遂に東に下る。
亮備に謂ひて曰く、
「請ふ救ひを孫将軍に求めん。」と。


亮権に見(まみ)えて之に説く。
権大いに悦(よろこ)ぶ。

つづき『操権に書を遺りて曰はく〜』

現代語訳(口語訳)

曹操が劉表を攻撃しました。
劉表は死にました。
(劉表の)子の劉琮は、荊州を曹操にささげて降伏しました。
(劉表のもとに身を寄せていた)劉備は江陵に逃げ、曹操はこれを追いました。
劉備は(さらに)夏口へと逃げました。
曹操は軍を江陵に進め、さらに東へと進軍しました。
諸葛亮が劉備に言いました。
「孫権将軍に救いを求めて頂きたい。」と。

諸葛亮は孫権に謁見しこれ(劉備と手を組むこと)を説きました。
孫権は(その話を聞いて)大変喜んだのです。

つづき


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