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蘇武と李陵『蘇武、漢節を杖つきて羊を牧す(初蘇武、既徙北海上〜)』書き下し文・現代語訳と解説と
著作名: 走るメロス
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蘇武、漢節を杖つきて羊を牧す

ここでは司馬光の著書「資治通鑑」の中の「蘇武、漢節を杖つきて羊を牧す」(初蘇武、既徙北海上〜)の部分の書き下し文、現代語訳(口語訳)とその解説を行っています。

※ここで扱っているのは十八史略ではなく資治通鑑のものですので注意してください。

白文(原文)

初蘇武、既徙北海上、稟食不至。
掘野鼠去草実而食之。
漢節牧羊、臥起操持、節旄盡落。
武在漢、与李陵俱為侍中
陵降匈奴、不敢求武。

書き下し文

初め蘇武、既に北海の上(ほとり)に徙され、稟食(ひんしょく)至らず。
野鼠(やそ)を掘り草実を去(おさ)めて之を食らふ。
漢節を杖つきて羊を牧し、臥起にも操持し、節旄(せつぼう)盡(ことごとく)落つ。
武漢に在りしとき、李陵と俱に侍中たり。
陵匈奴(きょうど)に降り、敢へて武を求めず。

現代語訳(口語訳)

蘇武は当初、北海のほとりに(身柄を)移され、(匈奴からは)食糧を支給されませんでした。
野ねずみを(巣穴から)掘り出し草や実をたくわえてそれらを食べていました。
漢の王から授かった使者を示す旗を杖にして羊を放牧し、寝ても起きても(その杖を)手にしていたために、旗についていたヤクの飾り毛はすべて落ちてしまいました。
(蘇武が)武漢にいたときは、李陵とともに皇帝の側近を務めていました。
李陵は匈奴に降伏しましたが、あえて蘇武と会おうとはしませんでした。

単語解説

稟食配給、与えられる食糧
漢節漢の王から授かった使者を示す旗
臥起寝ても起きても。転じて「どんなときも」
節旄ヤクの尾を飾りとした旗
侍中皇帝の側近



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