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17世紀~18世紀の科学 ~ラヴォアジェ、ボイル、ニュートン、科学革命、質量保存の法則~
著作名: エンリケ航海王子
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科学革命とは

17世紀から18世紀にかけて、ヨーロッパ文化は多様化し、発展していきます。
この時代、科学の分野でおこった変化を科学革命と言います。
中世以来、スコラ哲学の発展と共に、理性と信仰は融合するべきだという考え方が一般的でした。

しかし、次第に唯名論が優勢となり、その両者を分離するような動きが起こります。特に、哲学者フランシス=ベーコンが、実験と観察から一般法則を導き出す帰納法を提唱すると、キリスト教会から理性が切り離されたことで、はじめて科学が独立した学問として成立したのです。そして、17世紀以降に、科学は合理的な考え方から、革命と呼べる急速な発展を遂げます。

科学進歩をもたらした学者たち

この科学革命はどのような学者によってもたらされたのか。著名な人々を紹介します。

ボイル(1626~1691)

ボイルは、イギリスの科学者でボイルの法則を発見しました。
ボイルの法則とは、「温度が一定のとき、理想気体の体積は圧力に反比例する」というものですね。
近代科学の父と言われます。

ホイヘンス(1629~1695)

オランダの科学者で、世界初の振り子時計の発明者です。また光学や天文学にも精通して、「光の本質は、何らかの媒質における波動である」という光の波動説や、土星に輪があることを発見した人物でもあります。

ニュートン(1642~1727)

イギリスの科学者で、万有引力の法則を含むニュートン力学を確立しました。
ケンブリッジ大学の教員を務め、イギリスの王立協会会長としても活躍しました。
ニュートンの理論は、特に物理学においてその後の理論の基礎となり、近代の産業社会の成立に大きく貢献することになります。著書に『プリンキピア(自然科学の数学的原理)』があります。

ラヴォアジェ(1743~1794)

フランスの科学者で、「物質の燃焼は酸素との結合である」とした燃焼理論や、「化学反応の前後で物質の質量は変化しない」という質量保存の法則を発見したことでも有名です。また彼は、元素を定義付け、近代科学の基礎概念をつくりました。フランス革命後のジャコバン政権下に、前歴の徴税請負人の過去を理由に処刑されてしまいました。

ラプラース(1749~1827)

フランスの科学者で、『天体力学概論』と『確率論の解析理論』という著作を残しまし、宇宙の真理を数学原理を使って解明しようとしました。

ハーヴェー(1578~1657)

イギリスの科学者で、おもに生理学の分野で活躍しました。それまで血液は人体の中で生成された後、さまざまな器官で消費されると思われていましたが、彼は、「血液は心臓と静脈・動脈を通って、常に体内を廻っている」という血液循環説を唱えました。ジェームズ1世、チャールズ1世の侍医でもありました。

リンネ(1707~1778)

スウェーデンの科学者で、『自然の体系』を著し、生物の分類を確立しました。

ビュフォン(1707~1788)

フランスの科学者で、進化論の先駆けとなりました。

ジェンナー(1749~1823)

イギリスの医師で、種痘法の発明者です。当時大流行していた天然痘に対し、イスラム医学からもたらされた種痘法をより安全な牛痘を接種することによって予防法を確立します。免疫学の基礎を築き、種痘法はその後多くの人々を救いました。

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