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冷戦体制の成立(朝鮮戦争、核実験、雪どけなど) 受験対策問題 107
著作名: レキシントン
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冷戦体制の成立で押さえておきたいポイント

※赤字部分が問題に出そうな部分です。赤色の暗記シートなどで隠して見てください。

朝鮮戦争

・1950年から1953年にかけて、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)韓国(大韓民国)との間で朝鮮戦争がおこった。この際、アメリカ軍を主体とする国連軍が派遣され、釜山まで侵入した北朝鮮軍を仁川上陸作戦で逆転し、その後北緯38度線を越えた。しかし、中国国境に国連軍が迫ると、中国から義勇軍が北朝鮮側として派遣され、1951年以降38度線付近で膠着し、1953年7月に板門店朝鮮休戦協定が成立した。

・ 朝鮮戦争開始を受けて、日本ではGHQの指令のもと警察予備隊が発足し、その後1952年に保安隊、1954年に自衛隊に改称された。また、日本は朝鮮戦争による戦争関連の特需が増加し、日本経済は急速に回復していった。

・1951年9月には、サンフランシスコ平和条約日米安全保障条約が結ばれた。その後も、1952年に日華平和条約、1956年に日ソ国交回復、同年日本の国連加盟など、日本は国際社会に復帰していった。

・こうした状況の中、アメリカを中心として以下のような反共体制が築かれていった。

米比相互防衛条約1951年締結。アメリカとフィリピンの反共軍事条約。
米韓相互防衛条約1953年締結。アメリカと大韓民国の反共軍事条約。
米華相互防衛条約1954年締結。アメリカと台湾の軍事条約。80年に失効。
ANZUS(太平洋安全保障条約)1951年締結。オーストラリア・アメリカ・ニュージーランドの集団防衛条約。86年解体。
SEATO(東南アジア条約機構)1954年成立。アメリカ・イギリス・フランス・オーストラリア・ニュージーランド・フィリピン・タイ・パキスタンで締結された反共軍事条約。77年解消。
トルコ=イラク相互防衛条約1955年締結。のちにバグダート条約機構に発展した。
CENTO(中央条約機構)1959年締結。イギリス・イラン・パキスタン・トルコの軍事同盟。79年イラン革命により解消。


各国の核実験

・東西対立が深まる中、各国は原子爆弾の実験を行い、核開発を進めていった。アメリカ・ソ連・イギリス・フランス・中国・インド・パキスタンが核保有国となった。

ソ連の雪どけ

・戦後の1946年から、ソ連では第4次五カ年計画が始まり、冷戦に備えた軍需部門に重点が置かれた。1953年にスターリンが死去し、1956年ソ連共産党第20回大会が開かれると、第一書記となったフルシチョフがスターリン批判を行った。フルシチョフは同時に資本主義国との平和共存政策を打ち出し、中国とソ連が対立するようになった。

・スターリンの死後、ソ連社会の解放感を「雪どけ」とよび、1955年のジュネーヴ4巨頭会談でアイゼンハワー(アメリカ)、イーデン(イギリス)、フォール(フランス)、ブルガーニン(ソ連)が会し、国際紛争が話し合いで解決する機運を高めた。

・1956年にポーランドのポズナニで反ソ暴動がおこったが、ソ連軍は介入せず、指導者ゴムウカ(ゴムルカ)が暴動をおさめた。

・しかし、1956年ハンガリーで反ソ暴動が起き、新首相ナジ=イムレが改革を行おうとしたがソ連軍はこれを徹底的に弾圧し、ソ連の援助でカダル政権が成立した。

・1957年、ソ連はスプートニク1号という世界初の人工衛星を打ち上げ、アメリカはスプートニク=ショックにみまわれた。

・1959年、フルシチョフが訪米し、米ソ協調の方向に向かい始めた。

西側の繁栄

・アメリカでは、途中マッカーシズムなどの赤狩りがおこったものの、アイゼンハウアーのもとでフルシチョフの平和共存路線に呼応し、穏健な保守主義政策が取られた。

・ヨーロッパでは、カレルギーがヨーロッパ統合を目指すなど新たな動きが出てきた。フランスの外相シューマンは、シューマン=プランを出し、1951年にヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC)がフランス・西ドイツ・ベネルクス三国・イタリアの間で成立した。1957年には、ローマ条約によりヨーロッパ経済共同体(EEC)が発足した。翌年にはヨーロッパ原子力共同体(EURATOM)、60年に[redヨーロッパ自由貿易連合(EFTA)]、67年にEEC・ECSC・EURATOMが統合を目指し、ヨーロッパ共同体(EC)が発足した。

・フランスでは、1958年に第五共和政が発足し、60年に核保有、62年にアルジェリア独立承認、64年に中国を承認し、66年にNATOを脱退するなど、独自外交政策をとった。これらを指導したド=ゴール大統領は、1968年の5月危機がきっかけとなり退陣した。

・イギリスでは第1次ウィルソン内閣が成立し、1967年にポンド切り下げや1968年にスエズ以東からの撤兵を行った。

・ドイツではキージンガー大連合内閣が成立し、キリスト教社会同盟・キリスト教民主同盟・社会民主党三党の連立政権となった。

・日本では、1960年に日米安全保障条約が改定され、日本への核持ち込みや自衛力の強化などが盛り込まれ、これに対し激しい反対運動がおこった。また、1960年代からは経済成長率が10%を越え、高度経済成長時代となった。

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