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平家物語原文全集「烽火之沙汰 1」
著作名: 古典愛好家
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平家物語

烽火之沙汰

「これは君の御ことはりにて候へば、叶はざらむまでも、院の御所法住寺殿を守護し参らせ候ふべし。その故は、重盛叙爵より、今大臣の大将にいたるまで、しかしながら君の御恩ならずといふ事なし。その恩の重き事を思へば、千顆万顆の玉にも超え、その恩の深き色を案ずれば、一入再入の紅にもなほ過ぎたらん。然れば、院中に参りこもり候ふべし。その儀にて候はば、重盛が身に代はり、命に代はらんと契ったる侍共、少々候ふらん。これらを召し具して、院御所法住寺殿を守護し参らせ候はば、さすが以ての外の御大事でこそ候はんずらめ。悲しきかな君の御為に奉公の忠をいたさんとすれば、迷盧八万の頂よりなほ高き父の恩たちまちに忘れんとす。痛ましきかな不孝の罪をのがれんと思へば、君の御ために既に不忠の逆臣となりぬべし。進退これ極まれり。是非いかにも弁へがたし。申しうくるところ、詮はただ重盛が首を召され候へ。さ候はば、院参をも守護し参らすべからず、院参の御供をもつかまつるべからず。かの蕭何は大功かたへに越えたるによって、官大相国に至り、剣を帯し沓を履きながら殿上に昇る事を許されしかども、叡慮に背く事あれば、高祖重う警めて、深う罪せられにき。かやうの先蹤を思ふにも、富貴といひ栄花といひ、朝恩といひ重職といひ、かたがた極めさせ給ひぬれば、御運の尽きん事もかたかるべきにあらず。

「富貴の家には禄位重畳せり。ふたたび実なる木は、その根必ずいたむ」

と見えて候。心細うこそおぼえ候へ。いつまでか命いきて、乱れむ世をも見候ふべき。ただ末代に生を受けて、かかる憂き目にあひ候、重盛が果報のほどこそ拙う候へ。只今侍一人に仰せ付けて、御坪の内へ引き出だされて、重盛が首のはねられん事は、やすいほどの事でこそ候へ。これを各聞き給へ」


とて、直衣の袖もしぼるばかりに涙を流し、かき口説かれければ、一門の人々、心あるも心なきも皆鎧の袖をぞ濡らされける。

つづき


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