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平家物語原文全集「御輿振 2」
著作名: 古典愛好家
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平家物語

御輿振

大衆無勢たるによって、北の門、縫殿(ぬいどの)の陣より、神輿を入れ奉らむとす。頼政卿さる人にて、馬よりおり甲(かぶと)を脱いで、神輿を拝し奉る。兵(つわもの)ども皆かくのごとし。頼政、衆徒の中へ使者を立てて申し送る旨あり。その使は、渡辺の長七唱といふ者なり。唱(となふ)、その日は、きちんの直垂に、小桜を黄にかへいたる鎧着て、赤銅づくりの太刀をはき、廿四さいたる白羽の矢負(お)ひ、重藤の弓脇にはさみ、甲(かぶと)をば脱ぎ高紐にかけ、神輿の御前に畏って申しけるは、

「衆徒の御中へ、源三位殿の申せと候ふ。今度山門の御訴訟、理運の条、勿論に候ふ。ご成敗(ごせいばい)遅々(ちち)こそ、よそにても遺恨に覚え候へ。さては神輿入れ奉らむ事、子細に及び候はず。ただし頼政無勢に候ふ。そのうへあけて入れ奉る陣より入らせ給ひて候はば、山門の大衆は目だり顔しけりなど、京童部の申し候はむ事、後日の難にや候はんずらむ。神輿を入れ奉らば、宣旨を背くに似たり。また防ぎ奉らば、年来(としごろ)医王山王に首(こうべ)をかたぶけ奉りて候ふ身が、今日より後、長く弓矢の道にわかれ候ひなむず。かれといひこれといひ、かたがた難治のやうに候ふ。東の陣は小松殿、多大勢で固められて候ふ。その陣より入らせ給ふべうもや候ふらむ。と、いひ送りたりければ、唱がかく申すにふせかれて、神人・宮仕しばらくゆらへたり。

つづき

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