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更級日記 原文全集「乳母との別れ」
著作名: 古典愛好家
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更級日記

乳母との別れ

十七日のつとめて、たつ。昔、下総の国に、まのしてらといふ人住みけり。ひきぬのを千むら万むら織らせ、さらさせけるが家の跡とて、深き河を舟にて渡る。昔の門の柱のまだ残りたるとて、大きなる柱、川の中に四つ立てり。人々歌よむを聞きて、心のうちに、

  朽ちもせぬこの河柱のこらずは 昔のあとをいかで知らまし


その夜は、くろとの浜といふ所にとまる。かたつ方はひろ山なる所の、砂子はるばると白きに、松原しげりて、月いみじうあかきに、風の音もいみじう心ぼそし。人々をかしがりて、歌よみなどするに、

  まどろまじ今宵ならではいつか見む くろとの浜のあきの夜の月
 
そのつとめて、そこをたちて、下総の国と武蔵との境にてあるふとゐ河といふが上の瀬、松里のわたりの津にとまりて、夜ひとよ、舟にてかつがつ物などわたす。乳母なる人は、をとこなどもなくなして、境にて子うみたりしかば、はなれてべちにのぼる。いと恋しければ、いかまほしく思ふに、せうとなる人いだきてゐていきたり。皆人は、かりそめの仮屋などいへど、風すくまじく、ひきわたしなどしたるに、これはをとこなどもそはねば、いと手はなちに、あらあらしげにて、苫(とま)といふものを一重うちふきたれば、月のこりなくさし入りたるに、紅の衣うへにきて、うちなやみてふしたる月かげ、さやうの人にはこよなくすぎて、いと白く清げにて、めづらしと思ひてかきなでつつうち泣くを、いとあはれに見すてがたく思へど、いそぎゐていかるる心地、いとあかずわりなし。おもかげにおぼえて悲しければ、月のけうもおぼえず。くんじふしぬ。


つとめて、舟に車かきすゑて渡して、あなたの岸に車ひきたてて、送りに来つる人々、これより皆かへりぬ。のぼるはとまりなどして、行き別るるほど、ゆくもとまるも、みな泣きなどす。をさな心地にもあはれに見ゆ。



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