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源氏物語 桐壺 その19 源氏元服
著作名: 春樹
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【原文】

この君の御童姿、いと変へまうく思せど、十二にて御元服したまふ。居起ち思しいとなみて、限りある事に事を添へさせたまふ。

一年の春宮の御元服、南殿にてありし儀式、よそほしかりし御響きに落とさせたまはず。所々の饗など、内蔵寮、穀倉院など、公事に仕うまつれる、おろそかなることもぞと、とりわき仰せ言ありて、清らを尽くして仕うまつれり。

おはします殿の東の廂、東向きに椅子立てて、冠者の御座、引入の大臣の御座、御前にあり。申の時にて源氏参りたまふ。角髪結ひたまへるつらつき、顔のにほひ、さま変へたまはむこと惜しげなり。大蔵卿、蔵人仕うまつる。いと清らなる御髪を削ぐほど、心苦しげなるを、主上は、「御息所の見ましかば」と、思し出づるに、堪へがたきを、心強く念じかへさせたまふ。

かうぶりしたまひて、御休所にまかでたまひて、御衣奉り替へて、下りて拝したてまつりたまふさまに、皆人涙落としたまふ。帝はた、ましてえ忍びあへたまはず、思し紛るる折もありつる昔のこと、とりかへし悲しく思さる。いとかうきびはなるほどは、あげ劣りやと疑はしく思されつるを、あさましううつくしげさ添ひたまへり。

引入の大臣の皇女腹にただ一人かしづきたまふ御女、春宮よりも御けしきあるを、思しわづらふことありける、この君に奉らむの御心なりけり。内裏にも、御けしき賜はらせたまへりければ、「さらば、この折の後見なかめるを、添ひ臥しにも」ともよほさせたまひければ、さ思したり。
 
【現代語訳】

帝は、この源氏の君の幼さをいつまでも変えずにおきたいとはお思いになられていましたが、源氏の君は十二歳のときに元服しました。その式の準備も何もかも、帝自身で取り仕切られていました。それは以前に紫宸殿で執り行なわれた東宮の元服の式に劣ることはないほど豪華でした。内蔵寮や穀倉院などは、『普段どおりにやっては十分ではあるまい』と思って特別なに奉仕をし、より豪華なものにしたのでした。

清涼殿の東の廂に椅子が準備してあり、元服される源氏の君と加冠役の大臣の席が帝の前に設置されていました。
午後四時に源氏の君がいらっしゃいました。角髪に結っていらっしゃる顔つきや美しさは、永久に残しておくことができないのだろうかと誰もが惜しがるほどのものでした。

理髪の役は大蔵卿が勤めています。美しい髪を短く切るのを惜しく思われているようでした。帝は、『桐壺の更衣がこの式を見れたのなら』と昔を思い出されてはいましたが、悲しみをおさえていらっしゃるようでした。
加冠の式が終わってから、源氏の君は一度休息所に戻り、衣装を変えて庭でお披露目される様子に、参列した者は皆感激の涙をこぼしていました。
帝はますます感情が抑えられなくなっている様子でした。藤壺の宮を迎えて以来、紛れていた昔の思いが戻ってきたのでしょう。

大人の髪型になることで、美しさを損なうのではないかという気がかりもあったのですが、源氏の君には驚くほどいっそう美しさが増していました。
加冠の大臣には、皇女との間に生まれた娘がいました。東宮から入内させてくださいとの申し出に返事をせずに躊躇していたのは、この娘を源氏の君の妻にと考えていたからでした。大臣はその意向を帝にも伝えました。

「それでは元服したのちの彼を世話する人もいることですから、その人をいっしょにさせればよいでしょう」

と帝はおっしゃられたので、大臣はそのようにしようと思われていました。

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