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源氏物語 桐壺 その18 源氏、藤壺を思慕
著作名: 春樹
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【原文】

源氏の君は、御あたり去りたまはぬを、ましてしげく渡らせたまふ御方は、え恥ぢあへたまはず。いづれの御方も、われ人に劣らむと思いたるやはある、とりどりにいとめでたけれど、うち大人びたまへるに、いと若ううつくしげにて、切に隠れたまへど、おのづから漏り見たてまつる。

母御息所も、影だにおぼえたまはぬを、「いとよう似たまへり」と、典侍の聞こえけるを、若き御心地にいとあはれと思ひきこえたまひて、常に参らまほしく、「なづさひ見たてまつらばや」とおぼえたまふ。

主上も限りなき御思ひどちにて、「な疎みたまひそ。あやしくよそへきこえつべき心地なむする。なめしと思さで、らうたくしたまへ。つらつき、まみなどは、いとよう似たりしゆゑ、かよひて見えたまふも、似げなからずなむ」など聞こえつけたまへれば、幼心地にも、はかなき花紅葉につけても心ざしを見えたてまつる。こよなう心寄せきこえたまへれば、弘徽殿の女御、またこの宮とも御仲そばそばしきゆゑ、うち添へて、もとよりの憎さも立ち出でて、ものしと思したり。

世にたぐひなしと見たてまつりたまひ、名高うおはする宮の御容貌にも、なほ匂はしさはたとへむ方なく、うつくしげなるを、世の人、「光る君」と聞こゆ。藤壺ならびたまひて、御おぼえもとりどりなれば、「かかやく日の宮」と聞こゆ。
【現代語訳】

源氏の君(若宮)はいつも帝の側を離れないので、どの女御の御殿へも帝と一緒に従って行きます。訪れることが多いのは藤壺の御殿です。藤壺は恥ずかしがって隠れているばかりにはいきませんでした。どの后も自分の美貌に自信がなくて入内した方はいらっしゃらないので、皆それぞれの美しさを備えた人たちではありましたが、どの后も皆だいぶ歳をとっていました。その中に新しく加わった、若く美しい藤壺の宮はひたすら隠れようとしています。それでも源氏の君は、自然に見える藤壺の宮の姿を見ていました。

源氏の君は、母御息所の面影も覚えてはいませんが、藤壺の宮が母によく似ていると典侍が言ったので、子供心に藤壺のことを母に似た人として恋しく思い、いつも藤壺のところへ行きたくて、仲良くなりたいと思っていました。帝にとっても二人は最愛の后であり、最愛の息子でした。

藤壺の宮は「源氏の君を愛しておやりなさい。不思議なほどあなたとこの子の母とは似ているのです。失礼だと思わずにかわいがってやってください。この子の目つき顔つきがまたよくあなたに似ていますから、この子とあなたとを母と子と見てもよい気がします」と帝頼まれたりもしていました。源氏の君は、花や紅葉の美しい枝などはまずこの藤壺の宮へとプレゼントをしたいと、慕っている気持ちを歌にして示していました。

弘徽殿の女御の嫉妬は藤壺の宮に向いていましたので、藤壺の宮に好意を寄せる源氏の君や以前からの憎しみも相まって、弘徽殿の女御は不愉快に思っているようです。

美しい藤壺の宮と比べても、源氏の君の美しさは比べようのないぐらいなので、世間の人たちはこの源氏の君のことを「光の君」とよんでいました。また寵愛を受けている藤壺の宮と合わさって、輝く日の宮と言われていました。

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