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イギリス産業革命がインドに与えた影響
著作名: John Smith
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イギリス産業革命とは

産業革命は、18世紀後半にイギリスで始まりました。

イギリスで産業革命がおこった理由は以下であると言われています。

(1)重商主義政策などによる16世紀以降の資本蓄積
(2)18世紀の農業革命以降の人口増による安価な労働力
(3)科学技術の高さ
(4)植民地戦争の勝利と広大な市場の獲得
(5)鉄・石炭などの資源
(6)市民革命を経て資本家が獲得した経済活動の自由

このような要因により、木綿工業などの技術革新が起こり、その後蒸気機関の発明により機械工業製鉄業などが発展していきます。

19世紀のインド進出

イギリスは産業革命によって国力を高め、19世紀には本格的なインド進出をはじめます。

それまでもインドでは伝統的な綿織物が主な生産品でしたが、次第に機械化されたイギリスの綿製品に淘汰されてしまいます。

理由は、イギリスの製品が圧倒的に高品質で安価だったからです。

こうしてインドは、広大な市場になると同時に、イギリスの木綿産業に原料を供給するための綿花アヘンなどの商品作物を強制的に栽培させられるようになります。

インド大反乱と大英帝国の成立

イギリスの軍事進出や経済進出により、インドの伝統的な農村共同体は崩壊していきました。

こうした中、インドを統治していたムガル帝国はイギリス進出になす術はなく、インドの人々の不満や苦労は蓄積し、1857年にシパーヒー(セポイ)の反乱を契機に、インド大反乱が起こり、各地で抵抗運動が開始されました。

しかし、こうしたインド全民族的な抵抗も近代的なイギリス軍によって次々と鎮圧され、1858年ムガル帝国は滅亡、1877年にはイギリスのヴィクトリア女王がインド皇帝に即位し、イギリスの植民地であるインド帝国が成立しました。

こうしてインド帝国は大英帝国の一部となり、イギリス資本主義の原料供給や広大な市場として、きわめて重要な地域となっていき、その支配は1947年まで続きました。

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