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中世ヨーロッパの歴史 4 ノルマン人(ヴァイキング)の活動とノルマンディー公国、イングランドの建国
著作名: ピアソラ
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ノルマン人の活動


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西ヨーロッパを中心に繁栄したフランク王国の歴史を見て来ましたが、この時期、同じゲルマン系のノルマン人も活動を開始していました。

ノルマン人は、北方系のゲルマン人のことで、スカンジナヴィア半島バルト海沿岸に住んでいた人々です。

このノルマン人は、さまざまな別名がありました。

ヴァイキング「入江(vik)の人」という意味からの、ノルマン人の別名です。
デーン人イギリス側からみたノルマン人の呼び名です。デンマーク地方に住んでいました。
ルーシスラブ側からみたノルマン人の呼び名です。「船の漕ぎ手」という意味でした。


ノルマン人たちはもともと狩猟や放牧、漁業を中心に、さまざまな地域との交易活動を行なっていました。

しかし9世紀頃から、人口の増加に伴い耕地が不足したため、各地に略奪行為を行う一方、さまざまな地域に定住していきます。

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(ノルマン人の活動)

ロシア地域

現在のロシア地域には、もともとインド=ヨーロッパ系のスラヴ人が定住していましたが、ルーシ(ヴァイキング)の首領リューリクが862年ノヴゴロド公国を建国します。

これはロシアの起源となり、その後9世紀から13世紀にかけて南部にキエフ公国が建国されると、ビザンツ帝国からギリシア正教会などの文化を受け入れ、ルーシは次第にスラヴ化していきます。

ロシアの国名の由来は、ルーシから来ています。


フランス地域

フランスでは8世紀以降ノルマン人(ヴァイキング)が北部を荒らしまわっていました。

当時の西フランク王シャルル3世はこうした状況に頭を悩ませ、911年、ノルマンの首領ロロに土地を与える代わりに襲撃を防ぐように説かれ、王の臣下ノルマンディー公になります。

これ以降、ノルマンディー公国はフランス化していきます。

フランス北部のノルマンディー地方という名前は、ノルマン人が由来です。


南イタリア地域

先のノルマンディー公国では、次第にフランス化が進み、騎士階級が出るようになりました。

ノルマンディーの騎士たちは、イスラム勢力やビザンツ帝国、神聖ローマ帝国などで混乱するイタリアに目をつけ征服活動を行いました。

1130年、ルッジェーロ2世という王が南イタリアとシチリア島を支配し、両シチリア王国を建国します。

この王国はノルマンやイスラム、ビザンツの文化が融合し、独自の発展を遂げていきます。

イギリス地域

イギリスの起源も、ノルマン人が深く関係しています。

イギリスは、以下の様な歴史をたどっていました。

前5世紀ケルト人の定住
40年~ローマの属州(ブリタニア)
449年~アングロ=サクソン(ゲルマン人)の侵入
500年~七王国時代
829年イングランド王国成立(エグバートによる統一)
886年アルフレッド大王がデーン人との協定を結ぶ
1016年デンマーク王クヌートがデーン朝を開始
1066年ノルマン=コンクエスト(ノルマンディー公ウィリアム1世)


イギリスでは、アングロ=サクソンの七王国時代に、ノルマン人の侵入がはじまります。
デンマークから来たデーン人(ノルマン人)の侵攻に危機感を覚えたエグバート王により、829年イングランド王国の統一が達成されます。

イングランドの統一も長くは続かず、デーン人の攻撃は激しくなりました。886年アルフレッド大王によりデーン人との協定が結ばれ、独立を保ちますが、1016年デーン人の王クヌートがイングランドを征服し、デーン朝をはじめます。

その後1066年、海を渡りヘースティングズの戦いに勝利したノルマンディー公ウィリアムによってイングランドが征服され、ノルマン朝が開かれます。

これをノルマン=コンクエスト(ノルマンの征服)といい、王となったウィリアム1世により、イギリスの封建社会がはじまります。

この歴史的背景から、イギリスでは比較的王権の強い封建制度が成立し、イギリス王はフランスではフランス王の家臣で、イングランドとフランスノルマンディーの両方の領土を持つという特別な関係が生まれました。

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(イギリス王の領土)

ウィリアム1世は家臣や宮廷文化をフランスから持ち込んだため、イギリス文化はフランス文化の影響を強く受けました。同時に、フランス内のイギリス王の領土は、その後フランスとイギリスの対立の原因になり、後の百年戦争につながっていきます。


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