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平家物語『木曽の最期(今井四郎、木曽殿、主従二騎になってのたまひけるは~)』 現代語訳と解説
著作名: 走るメロス
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平家物語『木曽の最期(今井四郎、木曽殿、主従二騎になってのたまひけるは~)』

ここでは平家物語の一節、「木曽の最期」の現代語訳・口語訳とその解説をしています。

※前回のテキスト:「木曾左馬頭、その日の装束には~」の現代語訳

あらすじ

平安時代から後期に起こった「粟津の戦い」の話です。

平家を倒すために立ちあがった源氏でしたが、源頼朝は、後白河法皇の命令を受けて源義仲(木曽義仲)を討つことになりました。源義仲は敗れて京都から逃げていきますが、残った者は源義仲と今井四郎の主従二騎だけになりました。

原文

今井四郎、木曾殿、主従二騎に(※1)なつてのたまひけるは、

日ごろは何とも覚えぬ鎧が、今日は(※2)重う(※3)なつたるぞや。」


今井四郎申しけるは、

「御身もいまだ疲れさせたまはず。御馬も弱り候はず。何に(※4)よつてか一領の御着背長を重うは思し召し候ふべき。それは御方に御勢が候はねば、臆病でこそ、さは思し召し候へ。兼平一人候ふとも、余の武者千騎と思し召せ。矢七つ八つ候へば、しばらく防き矢仕らん。あれに見え候ふ、粟津の松原と申す。あの松の中で御自害候へ。」


とて、(※5)打つて行くほどに、また新手の武者五十騎ばかり出で来たり。

「君はあの松原へ入らせたまへ。兼平はこの敵防き候はん。」


と申しければ、木曾殿のたまひけるは、

「義仲、都にていかにもなるべかりつるが、これまで逃れ来るは、汝と一所死なんと思ふためなり。所々で討たれんよりも、一所でこそ討死をもせめ。」


とて、馬の鼻を並べて駆けんとしたまへば、今井四郎、馬より飛び降り、主の馬の口に取りついて申しけるは、

弓矢取りは、年ごろ日ごろいかなる高名候へども、最後の時不覚しつれば、長きにて候ふなり。御身は疲れさせたまひて候ふ。続く勢は候はず。敵に押し隔てられ、言ふかひなき人の郎等に組み落とされさせたまひて、討たれさせたまひなば、

さばかり日本国に聞こえさせたまひつる木曾殿をば、それがしが郎等の討ちたてまつたる。』

なんど申さんことこそ(※6)口惜しう候へ。ただあの松原へ入らせたまへ。」


と申しければ、木曾、

さらば。」


とて、粟津の松原へぞ駆けたまふ。


※つづき:平家物語『木曽の最期(今井四郎只一騎、五十騎ばかりが中へ駆け入り~)』現代語訳と解説

現代語訳

今井四郎、木曽殿、主人と従者(合わせて)2騎になって、(木曾殿)おっしゃったことには、

「普段はなんとも感じない鎧が、今日は重くなったことだよ。」


今井四郎が申し上げることには

「お体もまだお疲れになっておりません。馬も弱ってはおりません。何のために一領の鎧を重たいとお感じになるのですか。それは味方に軍勢がございませんので、臆病に、そのようにお思いになるのです。兼平(今井四郎)一人でありましても、他の武者千騎(にあたる)とお思いください。矢が7本8本ございますので、少しの間防ぎ矢を致しましょう。あそこに見えますのは粟津の松原と申します。あの松林の中で自害ください。」


言って(馬に鞭を)打って行くと、また新手の武者が五十騎ほど現れました。

「殿はあの松原へお入りください。兼平はこの敵を防ぎましょう。」


と申したところ、木曽殿がおっしゃることには、

「義仲は、都でどのようにでもなるつもりであったが、ここまで逃げてきたのは、お前と同じ場所で死のうと思ったからだ。あちらこちらで討たれるよりも、同じ場所で討ち死にをしようではないか。」


といって、(今井四郎の乗った馬と自分の)馬の鼻先を並べて駆けようとなさったので、今井四郎は、馬から飛び降り、主君(木曾殿)の馬の口に取りすがって申したことには、

「武士は、常日頃どれほどの高名がございましょうと、死に際に失敗してしまうと、長く不名誉となるのでございます。お体はお疲れでございます。後ろに従う軍勢はございません。敵に押し離されて、取るに足らない(身分の低い)人の家来に組合い(馬から)落とされなさって、お討たれになられたならば、

『非常に日本国に評判が高くていらっしゃる木曽殿を、私の家来がお討ちになった。』

などと申すであろうことこそ、残念でございます。すぐにあの松原の中にお入りください。」


と申したので、木曽殿は、

「そのよう(に言うの)なら。」


と言って、粟津の松原へ馬に乗ってお走りになります。

※つづき:平家物語『木曽の最期(今井四郎只一騎、五十騎ばかりが中へ駆け入り~)』現代語訳と解説

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