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江戸時代における日本人の海外進出
著作名: ひろぽん
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江戸時代といえば鎖国によって海外との取引が限られていたとイメージしがちですが、実は鎖国が始まる前(江戸時代の初期)は、積極的に海外に進出していく日本人が多くいました。
幕府や藩が派遣

田中勝介

京都の商人であった田中勝介は、スペイン人の商人であったドン=ロドリゴを、当時スペイン領だったノビスバン(いまのメキシコ)に送り届けるために、一緒に太平洋を渡りました。ノビスバンに貿易を求めたものの失敗に終わっています。

支倉常長

仙台藩(宮城県)の伊達正宗は、貿易を求めて家臣であった支倉常長(はせくらつねなが)をヨーロッパに送りました。しかし彼が出港してからすぐに、日本ではキリスト教やキリスト教に関係する国との取引が禁止されてしまったために、ヨーロッパ諸国との国交を結ぶことができなくなってしまいました。
日本町

日本町とは、海外に作られた日本人が多く生活をした地域のことで、今でいう移民のさきがけです。東南アジア各国に日本人たちが日本町を作り自治をおこなっていました。中でも有名なのはタイのアユタヤというところに作られた日本町です。山田長政が街のリーダーとなった江戸時代の初期に、もっとも繁栄しました。

このような日本町はいたるところにあって幕府との貿易で栄えていましたが、江戸幕府が鎖国をはじめてからは、海外にいる日本人は帰国したら処刑するとされてしまったために、帰るに帰れなくなった人も大勢いました。

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