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信仰義認説ってなんだ?
著作名: ピアソラ
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宗教改革の発端になった出来事


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信仰義認説というのは、マルティン=ルターが当時のカトリック教会を批判する時の根本的思想なんですが、その前に、当時なぜルターが奮起したか、その出来事をおさらいしてみます。

まず、16世紀のキリスト教会は、腐敗しまくっていました。
長い年月を経ると、どんな組織でも内部が大変なことになるわけです。

このとき、ローマ教会のトップは教皇レオ10世です。

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(レオ10世)

この人はイタリアの富豪メディチ家の出身。
ローマ教会も財政を下支えする富豪の影響力が強かったんですね。

この教皇はとにかく派手好きで、豪華な生活をしていたそうです。
前の教皇が始めたサン=ピエトロ大聖堂の建築プロジェクトを引き継ぐと、その費用の捻出に一計を思いつきます。

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(サン=ピエトロ大聖堂)

サン=ピエトロというのは聖ペテロのイタリア語読みです。キリストの使徒ペテロのお墓の上に建てられた教会で、現在でもカトリックの総本山です。


カトリック総本山ということで、めちゃくちゃ豪華な教会にしたいレオ10世。
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(超豪華な大聖堂内部)

彼は、莫大な建築費を、贖宥状(免罪符)の販売によって賄おうとします。
贖宥状というのは、罪を「贖=あがない」、「宥=ゆるすこと」をお金で買えるチケットのようなもので、これを買えばどんな人間でも天国に行けるという触れ込みで各地で販売されます。

この贖宥状はものすごい利益を生みます。だって、もともと原価は紙一枚ですから。
それで、カトリック教会の財政はものすごい勢いで潤うようになるんです。
さすが商人一族出身の教皇です。

これがカトリック腐敗の最たる例だということで、ルターが激怒して宗教改革が始まるわけです。

信仰義認説って?

さて、背景をおさらいしたところで、本題に移りましょう。
ルターが怒った一番の理由は、カトリック教会が聖書に書かれた神のメッセージを人々に伝えていないということでした。だからカトリックは政治的になり、堕落していると感じたわけです。

1520年にルターは『キリスト者の自由』という本を出版するのですが、この中で「人は信仰によってのみ義とされる」という主張をします。

この言葉を詳しく見ると、ルターの意志がわかります。彼は、
「聖書を読めば、カトリックが販売してる贖宥状で罪が許されるなんてことは書いていない。人はイエスの福音とその信仰によってのみ、救われるのだ」

ということを訴えたんです。

なので、信仰義認説とは、聖書と信仰に重きをおく主張のことで、その後のルター派の中心的考え方になっていきます。

聖書を一般の人々が読めなかった理由は、聖書がラテン語で書かれていたことです。

ラテン語は、当時のカトリック司祭のような高い教養を持った人々のみが読み書き出来ました。

そのため、ラテン語をヨーロッパ各国の言葉に訳して伝えるという役割が、カトリックの司祭にはあったんです。

信仰義認説と聖書第一主義を主張したルターは、聖書のドイツ語訳を作り、その後のグーテンベルクの活版印刷の発明で、民衆に聖書が行き渡り、ルター派は次第に信者を増やしていくことになります。

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