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日本の伝統的思想の変遷
著作名: John Smith
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はじめに

日本は古代からさまざまな思想の受容を経て、独自の思想を築きあげていきました。このテキストでは、その日本人の伝統的思想の変遷をまとめてみます。

古代

大陸から儒教や仏教が伝来する以前、古代の日本では、山、川、草木など自然界のさまざまなものにそれぞれ神が宿るという八百万信仰がありました。

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これはアミニズムと言われる多神教の信仰で、さまざまな物事に価値があると認め、他の文化を受容する思想的な土壌を育んでいきました。

古代信仰の中で、人々は共同体を危険にさらす罪や穢れを行うことを悪いことだという考えを持っていました。

このような罪や汚れを取り除くものとして、祓(はら)いや、禊(みそぎ)という儀礼を人々は行なっていました。

古代の日本人は、清明心(清らかで明るい心)を正しい生き方の見本にし、これらは後世、正直武士道などの根幹になりました。

仏教の伝来

6世紀に入ると、大陸から仏教が伝わります。

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仏教は、平安時代に空海最澄によって日本仏教の源流が開かれ、鎌倉時代には武士や民衆の信者が増えました。

鎌倉仏教の時代には、さまざまな宗派が開かれます。

 浄土宗浄土真宗臨済宗曹洞宗日蓮宗
開祖法然親鸞栄西道元日蓮
教義専修念仏絶対他力、報恩感謝、悪人正機自力救済、座禅、戒律重視只管打坐、身心脱落、修証一等法華経信仰、題目と折伏
著書『選択本願念仏集』『教行信証』『興禅護国論』『正法眼蔵』『立正安国論』


このように、仏教は次第に日本人の思想の根幹をなすようになりました。

儒教の思想

一方儒教は伝来こそ仏教よりも早かったのですが、この思想が広く民衆に広まったのは、のちの江戸幕藩体制以後のことでした。孔子孟子によって成立・発展した儒教は、家族を社会の最小構成単位とし、古代周王朝の統治を理想とするものでした。儒教の教えを受け継いだ朱子学が江戸幕府の官学となると、これらの教えは一般大衆にまで広がっていきます。

伊藤仁斎は孔子の主張したを人間愛と解釈し、荻生徂徠(おぎゅうそらい)は聖人の教えの目的を、経世済民(世を治め、民を救う)ことにあると説きました。

また、古代の日本人の研究をしていた本居宣長は、源氏物語を最高の文学であるとし、日本人特有の「もののあはれ」という思想こそ、日本人の精神のあり方であると説きました。

西洋思想の受容

このように、日本は古代からさまざまな外来思想を受容してきたわけですが、幕末の開国以降、ヨーロッパの文化が流入するようになると、思想も大きな変化を遂げるようになりました。

幕末から明治に生きた啓蒙思想家福沢諭吉は、外来思想や外国語の習得を元に、合理的思考を見につけ、独立自尊の精神のもと、近代的な日本を作る必要性を説きました。

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また、夏目漱石は文学を通じて西洋文化と日本文化の融和を目指ました。

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新渡戸稲造は日本の武士道とキリスト教文化の共通性を見出そうとしました。

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