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源氏物語 桐壺 その10 靫負命婦の弔問3
著作名: 春樹
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【源氏物語 原文】

「見たてまつりて、くはしう御ありさまも奏しはべらまほしきを、待ちおはしますらむに、夜更けはべりぬべし」とて急ぐ。

「暮れまどふ心の闇も堪へがたき片端をだに、はるくばかりに聞こえまほしうはべるを、私にも心のどかにまかでたまへ。年ごろ、うれしく面だたしきついでにて立ち寄りたまひしものを、かかる御消息にて見たてまつる、返す返すつれなき命にもはべるかな。

生まれし時より、思ふ心ありし人にて、故大納言、いまはとなるまで、『ただ、この人の宮仕への本意、かならず遂げさせたてまつれ。我れ亡くなりぬとて、口惜しう思ひくづほるな』と、返す返す諌めおかれはべりしかば、はかばかしう後見思ふ人もなき交じらひは、なかなかなるべきことと思ひたまへながら、ただかの遺言を違へじとばかりに、出だし立てはべりしを、身に余るまでの御心ざしの、よろづにかたじけなきに、人げなき恥を隠しつつ、交じらひたまふめりつるを、人の嫉み深く積もり、安からぬこと多くなり添ひはべりつるに、横様なるやうにて、つひにかくなりはべりぬれば、かへりてはつらくなむ、かしこき御心ざしを思ひたまへられはべる。これもわりなき心の闇になむ」
と、言ひもやらずむせかへりたまふほどに、夜も更けぬ。


「主上もしかなむ。『我が御心ながら、あながちに人目おどろくばかり思されしも、長かるまじきなりけりと、今はつらかりける人の契りになむ。世にいささかも人の心を曲げたることはあらじと思ふを、ただこの人のゆゑにて、あまたさるまじき人の恨みを負ひし果て果ては、かううち捨てられて、心をさめむ方なきに、いとど人悪ろうかたくなになり果つるも、前の世ゆかしうなむ』とうち返しつつ、御しほたれがちにのみおはします」と語りて尽きせず。

【現代語訳】

「本当なら若宮を一目見て、その様子を帝にお伝えしたいとは思いますが、帝も私の帰りをまだかまだかと待っていらっしゃるでしょうから。」といって命婦は帰りの支度を急ぎました。

「人と話をすることで、(子を亡くした)この悲しみを少しでも晴らすことができるので、今度は勅使としてではなく、気楽な気持ちで休みがてらにまたいらっしゃって下さい。以前はうれしいことでよくお使いにいらっしゃっていましたが、このような悲しい形であなたをお迎えするのは残念で仕方ありません。返す返す運命が私に長生きをさせるのが辛いです。

娘の事を申しますと、彼女は生まれた時から我々に輝かしい未来の望みを持たしてくれた子でした。夫、大納言は自分が危篤状態になったときにも、『この子に宮仕えをさせるように。自分が死んだからといってその考えを捨てるようなことをしてはならない』と繰り返し申していました。

確かな後ろ盾のないままの宮仕えは、かえって娘を不憫にするのではないかと思いながらも、私としては夫の遺言をただ守りたいばかりに娘を宮仕えに送り出しました。帝からの過分な寵愛を頂いた反面、人並みに扱われない恥を隠しながら生活をしていたようです。人の妬みが多くそれが重荷になりまして、寿命で死んだとは思えないような死に方を致しましたので、かえって帝の寵愛が負担になってしまったのではと思います。このように申すのも、子を思う母の気持ちが故ですです。」

(北の方は)涙でむせ返ってすべてを言い終えないうちに、夜も更けてしまいました。

「それは帝も同じような思いです。『盲目的に愛してしまったのも、前世の約束でそう長くは一緒にいられない二人であると思っていたからです。今となっては辛い縁でした。私は今まで誰にも苦痛を与えてはいないと自負していましたが、あの人を愛することで本来なら負うはずのなかった人の恨みを買ってしまいました。しまいには何よりも大切なものを失って、悲しみにくれるうちに以前よりももっと愚劣な者になってしまっているのを考えると、前世の約束がどのようなものだったのか知りたい。』と帝は涙を流されています。」と命婦は応えました。



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